第74話 大嶽丸対ベヒーモス

文字数 3,307文字

仄暗い火口の縁から “ギョロッ”とベヒーモスの双眸が光る
霊気を含んだ大粒の雨が、戦闘態勢となった高温のベヒーモスの表皮に当たるたびに
ジュッ! ジュッ!と音を立て蒸発していく 中空に浮かぶ大嶽丸を睨み 
通常の生物であれば、震え上がり すべての戦意を削ぎ落とす咆哮を浴びせる
グオオオオォオォッォォォォオオオオッォォォッ!!!!!!!!
音の波が、まるで凶器のように大嶽丸に襲い掛かる すべての体毛が逆立ち
プツプツと体表が泡立つ 『ふむ 武者震いと言う奴か!』 口元に笑みさえ浮かべ
ベヒーモスに向け頭から突進していく大嶽丸 両手に持った氷の剣を上段に構え
一息に振り下ろす ふんっ!! 火口の縁に深く食い込む刃
予想を越える俊敏さで大嶽丸の初撃を横に動き躱すと、遠心力を乗せた尾を大嶽丸の横腹へと振り切る 
バッチインンンンンンンンッッッ!!! 剣の腹で尾の攻撃を受け止め
そのままの姿勢で10mほども後退させられる大嶽丸
亀裂の入った剣を捨て、一本の氷の大槍を創り出し 正眼に構える
大嶽丸の体が横にゆらっと振れたかと思うと、右に一体、左に一体の分身を創り出し
火口を背に立つベヒーモスに、3体の大嶽丸が重なり大槍を突き出す
前衛の大嶽丸を火炎で屠り、2体目の大嶽丸を尾で薙ぎ払い、3体目に爪を突き立てようと腕を振り上げたまま一瞬固まるベヒーモス
目の前に現れるはずの3体目の姿が無く、大槍の穂先のみが、大蛇の鎌首を思わせる動きで横にしなり揺れながらベヒーモスの腹部に迫る
瞬時に身を捻る ベヒーモス
ガガッガッガッガッガガッガッ!!!!
ベヒーモスの左足の付け根の表皮を削りながら
後ろへと逸れていく大槍 
ベヒーモスから20mほどの距離で下半身を地中に沈めた大嶽丸が追撃に備え大槍を素早く戻す
溜めの時間の全く無い火球がベヒーモスの口から放たれる もう一体の分身を創り出し 
分身の腹で火球を受ける大嶽丸
中空へと飛びながら、大槍をしならせベヒーモスに叩きつけようと上段から振り下ろす
4本の足を地につけたベヒーモスが、大嶽丸の着地するであろう地点に猛然と突進する
落下の速度を上乗せした大槍に、己の体重を乗せ
ベヒーモスの頭頂部へと大気を切り裂き走る穂先
バチッィィィンンンンンンン!!!!!!
わずかに首を捻ったベヒーモスの肩口に大槍の留め金が喰い込む
しかしベヒーモスの勢いは止まらず、突進の勢いそのままに大嶽丸の下半身を抱え 
ズルズルと押し込む 大嶽丸の爪先が深く地中を抉るが なおも後退を余儀なくされ
ベヒーモスの右脇に差し込んだ左手からぶすぶすと焦げ臭い匂いがあがる
『これは、少々分が悪い』1人口籠り
右手に持った大槍をベヒーモスの背中 翼の付け根に穂先を突き立てるが
不安定な体勢からの刺突では、鋼鉄のような表皮と筋肉に阻まれ穂先がわずかにベヒーモスの表皮に傷をつけるだけに留まる 左手をベヒーモスの右脇から素早く引き抜き
大槍を両手で支える ヒュッと息を、ひと飲みし衝撃に備える 大嶽丸
ドッガッ!!!ゴロォゴロゴロォォォッゴロゴロォォォッ!!!! 「雷神!!」
ベヒーモスの背に突き立てた大槍に天空より糸を引き、落雷が突き刺さる
一瞬の静寂 バシャバシャと大粒の雨が水溜りに跳ねる
ベヒーモスの4本の足と大嶽丸の両足から煙が上がる 
体を低くしたベヒーモスの動きを察し 後ろへと飛び退く大嶽丸
「雷神の一撃でも膝をつかぬか。。。? ならば!!」
頭から突進してくるベヒーモス 自ら創り出した突風に乗り距離を取る 大嶽丸
「地獄礫!!」人の頭ほどもある無数の(ひょう)が中空に浮かび 大嶽丸が右腕を振り下ろすと同時にベヒーモスに向け 渦を巻き襲い掛かる
一瞬の溜めの後、ベヒーモスから吐き出される業火 放たれた雹を溶かし 射線上にいる大嶽丸に襲い掛かる
カンッ! カンッ! カンッ! カンッ! 溶け残った雹がベヒーモスに当たり砕ける
目前に迫った業火を、氷で創り出した盾で受けるが粘性を持った炎に耐えきれず溶け出す
「こやつは、俺様とは相性が悪いようじゃな。。。」
着ていた服の殆どを焼け焦がされ、(ふんどし)姿で立ち尽くす 大嶽丸

「少し本気を出すか!」
両手を広げ 呼び出した突風に乗り、一気に中空へと浮かび上がる 大嶽丸
まるで、大凧が強風の中を駆け上がるように
ベヒーモスは、一瞬の間 追撃をするか、火球を練るかを迷うが その場で口内に
火球を溜めることを選択する 2秒溜めを作る時間があれば、周囲の地形を変えるほどの爆炎を吐ける 
あの黒鬼に、直撃させることが出来れば、やつもただでは済むまい
ベヒーモスの赤黒い体表が、次第に灼熱の朱に染まっていく
上空では、黒鬼の周囲に数百本の槍が浮かび穂先が、すべてこちらを向いている

「まずいな、力を溜めているようだな もう少し増やしたいが!」
大嶽丸が、広げていた腕で渾身の柏手を胸の前で打つ パンッッッッッ!!!!!!
一斉に地上のベヒーモスへと襲い掛かる300本を越える 雷撃を帯びた槍

口内で練り上げられた魔力が全身を巡る 1,2秒。。。。。1,3秒。あの槍の雨をすべて躱すことは無理か?。。1,4秒。。。
ごおっおおおぉっぉぉぉぉぉっーーーーーーー!!!
迎撃せんと放たれた爆炎が尾を引き、蛇行しながら空を切り裂き駆け上る 交差する槍を数十本焼き尽くしながら 大嶽丸へと襲い掛かる
大嶽丸の差し出した右手から、数枚の形代が放たれ 分身を創り出し盾とするが
尾を引き、途切れぬ爆炎に分身すべてが焼失し、本体である大嶽丸にも猛火が襲う

素早く横へと移動しながら爆炎を吐き出し続けていたベヒーモスだが 射線上を飛来する槍は消失させたが、放たれた300本を越える槍をすべて焼き尽くす事など、到底叶わず
少なくない数の槍が、ベヒーモスの肉を抉っていく 雷撃を帯びた槍が体内に数本残り
身体のあちらこちらが ピクッ!ピクッ!ピクッ!と痙攣しながらも大嶽丸を見上げる

前面の皮膚も髪も焼かれ煤だらけとなった大嶽丸が、火口を背に立つベヒーモスの前に
降り立つ「お前が、言葉を解するかは知らぬが、そのような状態でも我が子を守ろうとする姿は、あっぱれじゃ しかしおりんに災いを残す訳にいかん ごめん!」
氷で創り出した太刀を構え、ベヒーモスの首筋に振り下ろす その刹那
火口より、見えない何かが。。。それ以外に形容の出来ない何かが大嶽丸の頭部に触れ
ジュワッっと侵食してくる 振り上げた太刀が落ちる 必死の精神力で大嶽丸の意識に
侵食してしこようとする者を拒む
ー『これはいかん! 気を抜くと俺様が俺様でなくなる!!』ー
「俺様は!!天下の大嶽丸様だぁァァァァァァ!!!!!!」
己の身体に雷撃を落とし、取り憑こうとしていた何かを頭から弾き出す事には成功する
見えない何かが慌てふためき、退散していく
その瞬間 ドッスンッ!!と腹部に焼けるような痛みが爆ぜる
ベヒーモスが自由の効かぬ身体で、繰り出していた数打目の尻尾での刺突が大嶽丸の腹を貫く 
尻尾で大嶽丸を引きずったまま ずるずると火口へと這って行くベヒーモス
なぜなら、この場に巨大な妖力と魔力を持った者が近づいて来ている事を察しており
この黒鬼にとどめを刺すべく、自由の効かぬ体を必死に火口へと這わせていた

「お玉様!!あそこです!!」
エヴァが指をさす先、御嶽山の火口にベヒーモスの体が、半分ほど沈んでおり その長い尻尾の先で大嶽丸を引きずり込もうと 火口の縁に後ろ足をかけているのが見える
《しっかり捕まっているんだよ》
「いえ 行きます!」
降下体勢に入った妖狐の背を蹴り エヴァが頭から地表に飛ぶ
風魔法でさらなる加速をつけ、ベヒーモスに向け方向を定める
ベヒーモスの体が火口へと落ち、尾の先の大嶽丸の体が地面から浮く
独鈷杵を強く握りしめたエヴァが、ベヒーモスの尾の槍が刺さり、千切れかけた部分に風刃を放つ
「青龍!!私に力を貸してください!!」
青い輝きを放つ、三日月状の風刃が美しい弧を描き ベヒーモスの尾を切断する
ギャアアアアアオオオオォォォォォッッ!!!!!!!!!!!!
大嶽丸と尾を残し、火口へと落下していく ベヒーモス

火口の縁に無残な姿で、力無く横たわる 大嶽丸






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