第5話 浜松城内

文字数 4,893文字

日暮れまで、あとわずかとなった 薄闇に包まれた浜松城下を
風林火山の軍旗を襷に掛けたルイが疾走(はし)
片手に敵より奪った十文字槍を握り、大手門までの坂道を駆け上がる
物見櫓の兵が半鐘を鳴らし 大手門に沿って、積まれた土塁の上から弓兵が、弓を絞る
速度を落とすことなく 暇を見て集めておいた小石を親指で弾いて飛ばす 
【指弾】と呼ばれる技である 筋力強化と風魔法を合わせることにより
射程距離は100メートル以上 風の影響も受けずに狙った的へと飛翔していく
生身の人間であれば、容易く致命傷を与えることが可能で、魔力をほとんど消費しない手軽な技である
空間収納には500を超える小石が収納されており
手の平の小石が無くなると、念じることで空間収納から手の平に小石が補充され
それを次々と親指で弾いて飛ばす 土塁の上に並んだ弓兵は、その矢を射ることなく 眉間を痛打され
気を失っていく 機関銃のような連射が可能で、風魔法により針の穴を通す精密さを誇る【指弾】
打ち鳴らされていた鐘の音が止まる 櫓の上の兵も眉間に大きな(こぶ)を作り 櫓から落下していく

大手門から発射音と煙が上がる 30丁もの鉄砲による一斉射撃である
しかし気配を察知していたルイは、足から滑り込むように大手門を潜る
竹で組まれた馬防柵の後ろには、鉄砲を撃ち終えた兵がポカンッと口を開けて立ち尽くしている
馬防柵に身を隠し慌てて次弾を装填する 30名の鉄砲隊
その後方には、置き盾が半円状に並び、長槍を持った数十名の兵が待ち構えている
ルイが、馬防柵の上を軽々と飛び越え 空中で身を捻りながら 槍を払う
ある者は二の腕を、またある者は背中を、肩を切られて(うずく)まる
次弾の装填は間に合わぬと、鉄砲を捨て腰から小太刀を抜く残りの鉄砲兵
着地と同時に身を低くして居並ぶ槍兵の腰から下を一回転しながら薙ぎ払う 
爆速の将棋倒しのように、居並ぶ槍兵の上半身が折り重なり倒れていく

槍の石突をブレーキにして立ち上がりざまに飛び、そして駆ける 
左手に槍を持ち替え 残った兵達の肩口、腕を狙って 突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!
右手の親指で小石を弾くっ!弾くっ!弾くっ!弾くっ!弾くっ!一瞬にして静まり返る大手門

置き盾の後ろで身を低くしていた 第2陣の鉄砲隊が逃げようと腰を浮かすより早く
地を蹴り 美しい弧を描きながら 音も無く着地する 
置き盾とルイに挟まれた鉄砲隊が、至近距離から引き金を絞るが、指を動かした時には
射線上にルイの姿はすでになく、肩や足にめり込む小石の痛みに戦意を喪失していく

「なっ なっ なんなんだ貴様は!?」 鉄砲隊隊長が叫ぶ

「俺か? どうやら俺は、陰陽師らしい すまないがしばらく動けなくさせてもらう
命までは取るつもりはないが、お前らも俺を殺そうと攻撃してきているんだ 間違えて殺したら
ごめんな」
その場を動かずにさらに指弾を飛ばす 隊長以外30人以上いた兵達が崩れ落ちる

「あんた偉いんだろ? 一人だけ兜を被ってるものな あんた等の殿は、どこに居る?」

「教えると思うか? 舐めるな!!」短剣を構え、駆け出す

「そうか では、あんたの首級は貰っておく」言い終わるより早く 槍の穂先に乗った隊長の首級
高台に建つニの丸を見上げる 「順番に潰すしか無いか。。。」

二の丸へと続く丘を駆け上り、塀を飛び越え 拓けた庭に集結していた100名を超える兵に突っ込んで行く
まさに疾風怒濤 槍を適当に振り回し すれ違いざまに切伏せて行く
二の丸から飛び出す兵士を指弾で片付け 建物内に足を踏み入れる
“気配探知“を使い 人の居る部屋を開けていくが 女子供に武器を帯びていない老人のみである

「家康とやらは、30代と聞いているからな、ここには居ないようだ」

10分後 同じように本丸を制圧し 天守曲輪の門を飛び越える

「ここだな 警備の兵の練度が高い」
飛び越えながら、空中で薄く笑う 着地と同時に縮地術で密集した敵兵の中に切り込む
ルイが着地した場所に飛来する弓と鉄砲の弾 
風魔法“かまいたち” ルイを中心に風の刃が渦を巻き 敵兵を切り刻んでいく

山県と別れてから20分 目的の人物を追い詰めたことを確信する

「さて、片付けるか。。。」

天守曲輪の縁側から障子に手を掛けようとした瞬間
障子を破り、巨大な槍の穂先がルイの顔面に迫る
縮地術で中庭まで飛び下がる と同時に破けた障子に【指弾】で小石を飛ばす

わずかな沈黙の後、障子が静かに開いていく

「お主、物の怪か?」身の丈の3倍はあろうかという槍を持つ 黒い甲冑に身を包んだ男が問いかける

「また物の怪か。。。俺は、その物の怪を退治するのが仕事なんだがな 陰陽師と言うらしい」

風林火山の軍旗を襷掛けにし、人に親しみを感じさせる笑顔を浮かべる男の立つ中庭には

100人を超える徳川の精鋭が足や腕を抑え、呻きながらのたうち回っている
玉砂利が血で赤く染まり 立っている者は一人として居ない

ー『これが地獄絵図というものか、そしてこの少年のような男が地獄の番人? 鬼神か? おそらくは、俺では勝てぬであろうな』ー

「我が名は本多忠勝 お主の名は?」

「ルイだ」

「陰陽師のルイか。。。お主は、強いな 出来るなら違う場所で会いたかった。。。では参る!」

縁側から一足飛びにルイへと飛び、名槍【蜻蛉切り】を(しご)く 正確に喉元に穂先が迫る

ー『驚いたな 早くそして鋭い!この長く重い槍をこれほどまでに軽々と』ー
迫る【蜻蛉切り】を十文字槍の胴金で弾いて軌道を変える

「お前も強いな! 驚いた 俺も違う場所で会いたかったよ。。。ごめんな時間が無いんだ」

ー『山県の軍に敵軍が迫っている 出来るなら術を使わずに、この男と戦ってみたかった』ー

本多忠勝が、突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!その必死の攻めを後ろに下がりながらいなす
十分に距離が開いたところで、土魔法と縮地術を使い、本多忠勝の足元まで地中を潜り進む
一瞬にして忠勝の目の前からルイが消える その刹那 足元から十文字槍の穂先が下腹を目掛け襲いかかる
半歩身体を引き捻りながら 【蜻蛉切り】をルイが居るだろう地面に突き刺す へその下が燃えるように熱くなり、赤い血が流れ落ちる

「陰陽師なものか、やはり物の怪だ」十文字槍のケラ首を両手で握り 倒れることを拒む

「お前は本当に凄いな 見ろよ」
ルイの頬に一筋の血が流れていた しかし忠勝の見開いた目からは、すでに光が消えていた

「お前の首級は取れないな なぁ本多忠勝」


「わしが徳川家康じゃ」縁側に目をやると 4人の従者を従えた白い着物を着た男が立っている

「俺はルイという 刀を捨てるなら殺さずに山県様の所まで連れて行く」

「刀など有っても無くても変わらんな お前たちも刀を捨てよ」4人の従者も刀を捨てる

「ルイとやら 忠勝に別れを言いたいのじゃが良いか?」
地獄絵図と化した中庭を裸足のまま歩いてくる

「忠勝よ 見ておったぞ見事な最後であった あの世で鬼を相手に鍛錬するがよい」
忠勝のまぶたをそっと閉じてやる

「ルイ殿 忠勝の遺髪を頼めるか?」家康が忠勝の髪を握り ルイに視線で促す
風の刃を飛ばし、適当な所で髪を切る
家康が驚いたようにルイを見るが、何も言わずに門に向かい歩きだす

「なにか履いたほうが良いぞ? 裸足では危ない」
従者に履き物を持ってこさせる

「この者らは、助けてくれるのか?」

「女子供、武器を持たないものは傷つけないぞ」
家康の口から、安堵のため息が漏れる

「夢でも見ているようじゃ お主が1人居れば城を落とせるという事かハッハッハ」泣き笑う家康

「山県様との約束の時間だ 急ぐぞ」


「どうやら間に合ったようだな」大手門を抜け 家康と並んで歩く

「あっちの方角から、お前の兵が来る 止めたほうがいいぞ」北東の方角を指差す ルイ

「わしを山県殿の陣まで連れて行ってくれ これ以上の犬死にを見たくないのでな」

「山県様、戻ったぞ」山県の耳元でルイの声が囁く 例の風魔法で声を飛ばしているのだろう

陣から飛び出て 浜松城の方角に目を凝らすと 二人の男がこちらに向かい歩いてくるのを見つける

ルイが片手を上げ 「徳川の大将を連れてきた」と風魔法で囁く
2人の姿が視認出来る距離まで近づき ルイは全身がまだ乾き切らない返り血で真っ赤に染まり
その横を歩く男は、紛れもなく徳川家康その人である

「ルイよ、誠に。。。」絶句する 山県昌景
騒ぎにならぬように、家来共を遠ざけ 陣の中に招き入れる

「久しいな、山県殿 馬場殿」急拵(あつら)えの陣の中 対面する3者 
ルイは、早々にこの場を離れ 川へ身体を洗いに行った

「お久しぶりですな 徳川殿 これはいったい 何があったのでしょう?」

「城内500余名、すべての兵があのルイなる者に倒され申した。。。武田は、鬼の子を飼っておいでか?」

「そ それは、誠ですか? ものの30分で。。。」うまく言葉が出て来ない

「山県よ、陰陽師ってのは、化け物なのか??」驚きに目を丸くする馬場信春

「徳川殿、ルイが戦っている様を見たのですか?」未だ信じきれない山県 

城内で騒ぎを起こし 時間稼ぎを期待していたのに まさか本当に蹂躙するとは。。。

「見た。。。見たが話しとうない 話しても誰も信じぬだろう。。。
山県殿 わしは信玄公に降伏する わしの命は要らぬが、三方ヶ原から戻るであろう者たちは
投降させるので、助けては貰えぬだろうか?」

「お館様は、まもなくこちらに到着されるとの事 その前に大久保康隆殿の軍800が
まもなくあちらの方角より見えて来ると思います」三方ヶ原の方角を見つめる


待つこと数十分 陽も落ちかけた頃、大久保軍が200メートルほど離れた平地で歩みを止める

「大久保様 武田の伝令がこれを」一通の手紙を渡される

「ふむ」文面に目を落とすと、大久保康隆の顔がみるみる表情を変える 悲哀と憤怒 憐憫と非情
様々な感情に葛藤され肩を大きく震わせる 膝にも力が入らないのか その場に座り込む

「この花押は、間違いなく我が殿のもの 紙と筆を持て それと伝令の用意を」従者に命ずる

ー『嘆かわしや。。。殿 必ずやお助けいたします』ー

その文面とは ‹武田に降伏する 武装を解除し投降せよ› という簡素なものであった

それに対し、大久保は、殿の無事を確認し 今後も無事が約束されるのであれば条件に従う旨の返信を伝令に託す


浜松城下、武田陣営に篝火が灯り始める 
その陣から、大久保康隆軍に向かって3頭の馬に騎乗した人影が見える

先頭の2頭に騎乗するのは、幾度か見かけた事のある 武田の重臣 山県昌景と馬場信春である 
その後ろには、拘束される事も無く 半裸の男に手綱を引かせた我が主の姿を確認する

「殿!! ご無事で!!」安堵と屈辱に顔をくしゃくしゃにして頭を垂れる

「大久保よ、よくぞ無事に戻られたな 皆もよく聞け!!」ひときわ声高に叫ぶ 徳川家康

「此度の合戦 徳川の完敗である 武田に降伏する! 信玄公には、皆の命を保証して貰うつもりじゃ
刀を捨てよ」最後の矜持なのか、凛として声を張り上げる家康

「この山県昌景が、我が殿にその方らの命を保証するよう説得する所存じゃ その場に武器を捨て
しばし休まれよ」
誰もが人格者である事を知る 山県昌景の言葉は、ある種の安心感を徳川の兵にも与える

率いてきた兵に武器を回収させ 武田信玄が到着するまで、その場で待つように伝え 少数の見張りだけを残し、陣へと引き返す 

「我ら武田の勝利じゃ!!!!」陣に戻るなり 高々と槍を振り上げ 馬場信春が叫ぶ

うおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!!!地響きにも似た歓声が、平地にも関わらず木霊する


そのしばらく後 保科正俊率いる援軍1000名が合流し共に喜びを分かち合う

「ところでルイよ 城内は、どのような状況だ?」山県が声をひそめて聞いてくる

「う〜ん 地獄絵図だな、命までは取ってはいないが歩ける者は少ないな」当然といった顔で返事をするルイ

「片付けに行かせるのは、飯の前がいいか。。。後がいいか。。。?」

「前だと食欲が無くなりそうだし、後だと吐くかもな」

結局 食後に自分の隊200名に城内の片付けと治療を命じる 山県昌景であった
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