第45話 雨雲

文字数 3,467文字

下野国に入った ルイと妖狐
《小僧!! 火竜が御嶽山を出たよ!!》
「なんだって!?どこに向かっている??」
《西に真っ直ぐに向かって行ったね 尋常でない速度でね。。。あれと戦う策は、あるのかい?》
「必ず倒さなければならないんだ。。。そうでないと、この国のすべての人が居なくなるまで奴は止まらない 留守の間に卵を本当に産んでいるのか見に行きたいが、離れすぎたな。。。」
《今 出来ることをするよ 殺生石までもう少しだ この私を、400年も封じていた石だ きっと役に立さ》
「ああ そうだな急ごう しかし気味の悪い所だな さっきから動物はおろか、植物も生えていないぞ!?」
《だから殺生石と呼ばれるようになったのさ 私の妖力が染み付いちまったのかね?
近づく者の命を奪っちまうようだね》
「そんな物を持って帰れというのか!? ここに居ると体の力が抜けていく気がするぞ。。。?」
《ほらあれだよ、一際大きな石が真っ二つに割れているだろう さっさとあんたの空間収納に入れちまいな》
「でかいな。。。気が進まないが しょうがないな」割れた2つの石に手を翳す


鳴海城 天女御殿
「エヴァ! ベヒーモスが動いた 西の方角おそらく京の都に向かっている」
ブルートの最大にまで広げていた気配探知に高速で飛ぶ大型の生物が引っ掛かる 
ベヒーモス以外に該当する生物は、この世界に存在しない
「ああっ 迂闊でした 私達の誰かを標的にして動くものと予測して居ました」
エヴァが悲痛な声を上げる
「俺たちだけで、すべてを監視することなど出来ない エヴァの責任ではない」
「ブルート 私は京に向かいます 何か出来る事があるはず アランは、もう心配ありません 目を覚ますのを待つだけです ブルート一緒に行ってもらえますか?」
「ああ わかった すぐに出発しよう」
お雪にアランを任せ 鳴海城を飛び出す2人
「ブルート飛ばしますので、ついて来れなければ本能寺で待ち合わせです」
「エヴァ 面白い冗談を言うようになったな 遅れるなよ!!」


本能寺 山門付近
京都 浅井邸に所用の為に戻っていた 浅井長政が本能寺周辺が轟音と共に炎に包まれるのを見て血相を変えて 駆けつける
野次馬を掻き分け、火の手の回っていない山門から境内を覗き込む すべての建築物が
炎に包まれ轟々と燃え盛っている
「お市! お市!! お市!!! お市〜〜!!!!」長政の絶叫も付近の騒音に掻き消される
「お市! お市!! お市!!! お市〜〜!!!! お市〜〜〜!!!!!」
喉が張り裂けんばかりの絶叫にも応えるものは居ない
「あの お侍様 余計なことかもしれませんが、怪我人は通りの向こうの八坂神社に運ばれています」
町人が哀れんだ様に、声を掛けてくる
血走った眼で、その町人をギロリッと睨み 「ひっ!と」後退る町人に
「そうか すまない」そう言うと、八坂神社に向け駆け出す

八坂神社の山門を潜り 怪我人で溢れた本堂に足を掛けたところで 聞き慣れた声に立ち止まる
「殿! 長政殿!! 兄上が。。。兄上が。。。」長政の胸にすがりつく お市
「お市 顔を見せてくれ 良かった無事で 本当に良かった どこにも怪我などしていないか?」
安心したあまり全身の力が抜けていくのを感じる 
「兄上が。。。兄上が。。。。」
長政の胸に顔を埋め 子供のように咽び泣く お市の肩を優しく掴み 顔を覗き込む
「落ち着くのだ お市、義兄殿は本能寺に居たのか?」務めて 落ち着いた声音で聞く
「兄上は、本殿に居りました 私は山門の方に。。。ほんの数分前まで私も兄上と一緒に本殿に居たのに。。。」 寺院内の凄まじい光景を思い出す
「もしかしたら、どこかで助かっているやもしれん」
「そう思って ここで探しているのですが 見つかりませぬ」ひどく疲れた様子で 肩を落とす お市
「わしも手伝うぞ 一緒に探そう」

本能寺を起点に北に向け半円状に覆い尽くす業火は、衰えることを知らずに、その火の手を広げていく 
立ち昇る黒煙が、雲1つなかった晴天の市中を暗い影の中へと落とし込む
粘性を持ったベヒーモスの火球は、その性質上 対象物が炭になるまで燃やし尽くしていく 
それが建築物であれ、人であれ


「エヴァ 先に行ってくれ 俺は、あの雨雲を連れて行く」
東の空、琵琶湖上空にかかる 分厚い雨雲を指差す ブルート
逆の方向。。。西の空では、ここから視認できるほどの黒煙が上がっている
「わかりました お願いしますね」

“凍える魂持ちたる竜王 蒼蓮の炎に眠る暗黒の竜
理を外れて我が願いを聞き入れ給え 我が前に立ち籠める暗雲に
我と汝の力もて 我が前にその頭を垂れさせ給え“

ブルートの前に一陣の風が渦を巻く その渦が徐々に速度を上げ、その径を広げていく
十分なエネルギーを持つ竜巻となり 地上を踊るように琵琶湖へと向け疾走する
湖面にて、そのエネルギーを解き放ち 暴れ狂う暴風となり 湖水を含みながら
高く高く 唸りを上げ天へと上っていく その唸りは衰えることなく
厚く垂れ込める雨雲に楔を打ち込み 術者の手に確かな手応えを伝える
「では、急ごう」京へと向け 巨大な雨雲を引き連れ 風神の如き疾走をする ブルート

京の市中に入り、本能寺の敷地を望む すべての建築物が渦を巻いて燃え上がり
出火から数時間が経つというのに火の手が衰える兆しも見せない
「これほどとは。。。」唇を噛みしめる エヴァ
「天女様だ!」 「天女様、お助けください」 「天女様!突然竜が現れて火を吹きながら飛び去っていきました」 
「皆さん落ち着いてください 怪我をされた方は、どちらに運ばれましたか?」
「通りの向こうの八坂神社に沢山の怪我人が運ばれています」子供を連れた女が答える
「わかりました 他にも怪我人がいれば八坂神社まで運んで下さい」
ブナの木の杖に“効果範囲増幅”の魔法を最大限に掛け 山門をくぐる
「皆さん よく聞いてください 怪我の重い方から本堂に運んで下さい 私 天女が治療をします 
皆さんよく頑張りました、もう大丈夫ですよ」
風魔法に乗せ、敷地内すべてに届くように声を運ぶ
一瞬にしてざわつく境内 我先にと天女の足元に群がってくる グッタリとした子供を抱えた母親 
頭から血を流しながら、煙を吸いすぎたのだろう、意識の朦朧とした老婆の手を引く男

中空に杖を掲げ
【慈愛に満ちたる天の光 天使の息吹となり 傷つきし者を癒やし給え 天光治癒】
中級範囲回復魔法を唱える
杖の先から、暖かい黄色い光が放射状に降り注ぐ
暗く濁っていた空気が払われていくように、人々の顔からも、苦痛や哀愁までもが取り払われていく
「動けるようになった方は、傷の重い方を本堂に運ぶのを手伝ってください お願いします」
そう言い 本堂に向け歩き出す
「天女様! 鳴海城へ戻られたのでは?」
「これは、お市様 惨状を知り急ぎ駆けつけました ここに居る負傷者をすべて治療します 
手伝って頂けますか? 浅井長政殿、付近に居る負傷者をここに導いてください 
他にも、どこかに負傷者が集められているでしょう、それを調べて頂きたいのですが お願いできますか?」
「わかりました 動ける家臣を使ってすぐに調べます あと天女様 本能寺に居た義兄が、見つかりません」
「長政殿。。。今は、民の治療が先に御座います 兄上のことは、天命に委ねたいと。。。」
落ち着きを取り戻した、お市が瞼を腫らしながら それでも気丈に、そばに居た老婆の手を取り本堂へと導く
「信長殿のことは、無事を祈りましょう この火災は、間もなく鎮火させます」


帰路に着いていた、武田軍が岐阜を行軍中に西へ向かい飛ぶベヒーモスを視認し、その数十分後に再度姿を現し岐阜城に向け火球を吐き出して、東の空に消えていくベヒーモスを目撃していた
「何ということだ!! 馬場、山県は、半数を連れ岐阜城へと鎮火に向かえ!! 
残りの半数は、わしと共に京へと急ぎ戻るぞ!!」
武田信玄の号令に一斉に動き出す 武田軍 足の早い騎馬隊が、先行して京を目指す

朝から晴れ渡っていた、京の上空にどす黒い雨雲が広がっていく、直径にして1kmほどの雨雲が
その重さに耐えきれず、大粒の雨を落とし始める
「雨だ! この上空だけ雨が!!」 
「お〜雨だ〜! 助かった!!」延焼を防ぐための作業に従事していた者たちが空を見上げる
市中の民たちから歓声が上がる
たちまち土砂降りへと変わり ジュウッ!ジュウッ!と音を立てて鎮火していく業火
「天女様!雨が!」
「はい ブルートが雨雲を連れてきてくれました もう延焼の心配は、ありません 治療に専念しましょう」

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