第34話 ベヒーモス東進

文字数 3,068文字

「殿! 松尾山の麓に武田本隊と思われる一団が陣を張っております」

「何を申しておる! 武田信玄が現れるのは、今日より4日後の筈であろう!! 兵数はどれほどだ!!」

「物見の話では、5万ほどになるのではないかと」

「5万だと!!なぜ今の今まで報せが入らなかったのだ。。。響談は何をしておる!!!」
腕を組み 黙り込む 織田信長

「やむを得ん 前線も膠着しておるし大垣城まで引くか。。。大垣城まで物見を出せ!!」

「殿 残念ながら、杭瀬川の手前で街道を塞がれております 内藤昌豊を大将に武田軍およそ3万」
忽然と現れた 前田慶次郎が片膝をつく

「お前は、前田慶次郎 今まで何をしておった?」

「はっ 響談の真似事を少々 この裏の桃配山の山頂で戦局を見ておりましたところ 武田軍が着陣するのが見え さらに桃配山にも3,000程が潜んでおります」

「それは誠か? 逃げ道を塞がれていると。。。」

「今でしたら、十九女池の畔を北に逃げれば、逃げ切れるやもしれません 少人数であればですが」

「一度ならず二度までも浅井、朝倉に背を見せよと申すか!?」

「それも手ではありますが。。。」

「ここで少数で逃げたところで、壊滅させられては再起も叶わぬ 逃げるのは、やめじゃ! 
柴田達を戻し 本陣を固めよ!!」




「そろそろだな」
ルイは、そう言うと右手を上空に向け 火魔法を放つ

シューーーパンッ! シューーーーパンッ! シューーーーーパンッ!!
渦を巻きながら空高く打ち上げられた 火の玉を見て 各陣営より雄叫びが上がる

うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!!

いけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!

うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!



武田信玄が軍配を大きく振り 赤備えの騎馬隊を先頭に
ゆっくりと5万の兵が横に広がり 織田本陣のある桃配山を取り囲むように進軍を開始する


「では、参りましょう」
天満山を背に立ち上がり 舞うように歩きだすエヴァに浅井、朝倉の兵 3万が続く 
「天女様のご加護を。。。」
口々に独り言ち 戦の進軍ではなく まるで祈りを捧げるような、粛々とした歩みを始める


「さ〜て 行くか!! 皆の者 出陣じゃ〜!!!」
内藤昌豊の号令に南北に伸びている 3万の武田軍が桃配山を包み込もうと進軍を開始する


その中央で、四方から押し寄せる 雄叫びを聞かされ
じわじわと包囲を狭めつつある 11万もの大軍を目前に。。。 
しかも半数以上が、戦国最強と謳われる 武田軍である
それを待ち構える 織田勢5万の士気は、これまでに経験したことのないほどに(しぼ)み切っていく

「これって、逃げる隙間もないでねぇか。。。」

「武者震いが止まらねんだが! 誰か止めてくれ!!」
最前線に槍を持って立たされる 足軽たちの誰もが自分たちの命が、まさに風前の灯火であることを悟り
手を足を、身体全体を震わせる


ルイと風魔党24名が、後方より迫る 浅井、朝倉軍に飲み込まれる

「ルイ そして皆さんご苦労様でした どこにも怪我などは、されていませんか?」
天使のような微笑みで24名を労う

「天女様のご加護を頂いて 怪我などするはずもありません」

「おぉ 俺たち強い強いとは思っていたが鉄砲に当たってもなんともありやせん がっはっはっ」

「天女様と一緒なら いつまででも戦えますや!!」
どこまでも調子に乗っていく 風魔党の面々


その頃 琵琶湖東岸 湖底
最後の鎖を引き千切り 湖面から飛び出る
自分のいる場所を確認するかのように鼻をグスグスッと鳴らし 
久しぶりの空気を肺に送り込む 

自分がかつて居た世界よりも 上質な魔力が充満した世界に満足をしたかのように全身をぶるっと震わせ 
頭の先 爪の先にまで、魔力を行き渡らせようとするかのように何度も震わせる
そして遠く東の空に魔力による火の玉が上がり、数万人を超える 生き物の気配に口角を上げる
この世界に存在してはいけない生物 ベヒーモス この生物は、火属性であるにも関わらず
長い時間を湖底に縛り付けられ 想像を絶するストレスにさらされ続けた事により
魔力に飢えていた。。。。 
燃え盛る炎に飢えていた。。。。。 
泣き叫び己の血肉となる餌に飢えていた。。。。。。

10メートルを超える体長に頭頂部から尻尾まで続く(たてがみ)を持ち
まるで岩を貼り付けたかの様な、筋肉を纏わせ 戦う生き物として一切の無駄が無いと言わんばかりの 
威容を誇る
どす黒い体表に、赤い亀裂が走り鼓動に合わせるように どっくん どっくんと筋肉が隆起していく
人の身の丈ほどもある、湾曲した2本の角が熱を取り戻し 灼熱の赤へと変わっていく
口の端から余った熱を放出するかのようにブシュッーと煙を吐きながら、濡れそぼっていた鬣を奮い立たせる 

おもむろに2本の後ろ足で立ち上がり 目の前にあるブナの木に5本の爪を突き立て上から下へと振り下ろす
深々と5本の爪で抉られたブナの木を、人の胴よりもまだ太い尻尾で払い吹き飛ばす
オレはまだ地上最強であるという事を確認し、満足したかのように 
また口の端からブシュッー ブシューッと火炎混じりの煙を吐き 先ほど火の玉が上がった空を見上げ 
すべての障害物を払い飛ばしながら 最短距離をと走り出す

この生物ベヒーモスは、サランドル·ダンジョンにより作り出された 産みの親である、ダンジョン核が
己を守るためにと、考えうる最強最悪のモンスターを ボス部屋を守るに相応しいモンスターを。。。
そのため彼は、いわゆる野生のベヒーモスではない
1000年を越えるダンジョンの歴史の中で 数年、数十年に一度、50階層のボス部屋にたどり着いた者達が
その重い扉に手をかけた瞬間 彼は、目覚める 己が領域に足を踏み入れた者を
自分以外の鼓動を刻むものを全て滅せよという その本能に従い 牙を剥く 
そして全てを滅し終えると、また長い眠りにつく



ベヒーモスは、駆けていた 彼にとっては、狭いボス部屋で生まれ
戦うときにのみ覚醒した 彼にとっては、駆け続けるという事が、初めての行為だ
初めて見る空 冷たい空気 緑に生い茂る草木 流れる水
何より四方から感じられる 大小様々な生命の息吹 そして何より、この世界の濃厚な魔素
戸惑いもあるが、それ以上に歓喜に浸っていた
もしも笑うことが出来るのであれば 笑い続けていただろう
何者にも縛られず 自分で滅する命を選ぶことができる
前方から溢れ伝わる 負の感情 恐れ·絶望·嘆き·悲哀·苦痛、そこに向け 駆ける
途中にいくつかの生命に遭遇する 本能が殺せと命ずる
しかし前方で溢れかえる数万、数十万の生命が先だと思考する
自分が本能に逆らい、思考するということに戸惑う これもまた 初めての行為だから


「思っていたよりも早い!」
背中にベヒーモスの魔力を感じ、予想よりも早く自由になった事 
予想通り自分と同じ場所にベヒーモスが向かっている事に、焦りを覚える ブルート

ー『魔力が空で奴を止める手段が無い。。。頼む 誰でもいい止めてくれ』ー
歩みを止め、北の方角を見やる 500メートル後方を砂煙を巻き上げ、下草を引きちぎりながら
街道も畦道も河川さえ関係なく目的地に向け、突き進む
わずか数秒の後、ブルートから200メートルほど離れた北側をベヒーモスがすれ違う
一瞬こちらを横目で見やり 笑った気がした 

”お前の出来損ないの[転移魔法]のおかげで、俺は自由と無限の殺戮を楽しめるのだ“と

ー『もう少し もう少し進めば[念和]が届く ベヒーモスよりも先に報せる事ができれば被害を抑えることができるかもしれない ルイかエヴァが居ればだが。。。』ー


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