第93話 妖狐の誤算

文字数 3,134文字

2体に止めを刺そうと戻った妖狐は、取り返しのつかない失敗をしたことに気づく
おりんを戦いの場から遠ざけようと。。。2体がすでに死に体であると。。。
後で、息の根を止めるのは、容易であると。。。

今 妖狐の前方で浮遊しているのは、山の中腹に横たわっていた2体の半死の竜でなく
妖狐を迎え討たんと、縦に長い竜眼をギラギラと金色に輝かせ
一回りも大きくなった体躯からは、離れた距離からでも、はち切れんばかりの筋肉の脈動が感じられ わずかの間に信じられない進化を遂げていた

《ただ1つだけ、良かったのは、赤と黒に色分けされて、見分けやすくなった事だね》
滞空していた2体が、一直線に妖狐へと突進してくる
重力をまったく感じさせない動きで、その場から急上昇すると追ってくる2体の足を止めようと、尾を大気に叩きつけ、突風を巻き起こす 妖狐
《さて困ったね この2匹を同時に相手にするのは、さすがに骨が折れそうだね。。。》


「ところでルイよ! おりんは、どこじゃ?」

「お玉様と一緒だから、大丈夫だと思うぞ!それより、両手から煙が上がっているぞ!」
ベヒーモスの突進を、その角を掴み受け止めるが 両手から煙が立ち昇っている

“幻影散棘!!”地上のルイから、土魔法で生み出された、童子切安綱の複製が数十本
ベヒーモスに向かい射出される
空気を切り裂き、ベヒーモスの下腹に迫る漆黒の太刀
その大半がベヒーモスの尾の一振りで砕かれるが、残った数本が下腹を抉り顔を歪ませる
そのタイミングで両手を角から離し、氷の大太刀を創り出すと上段から頭頂部に向け、振り下ろす大嶽丸 
“ガキッ!!”首を大きく捻り、角で大太刀を受け流す ベヒーモス
その勢いのままに、大嶽丸の腹部へと体を預け、超至近距離からの溜めのない火球を吐く
全身を炎に包まれながら、後ろへと飛び巨大な雨雲を呼び寄せる為の印を結ぶ
「相変わらず、でたらめな硬さだのう。。。」

その時、ベヒーモスと大嶽丸の間を巨大な炎の塊となった妖狐が、猛烈な速度で炎の尾を引き落下していく
縮地術で妖狐の落下地点に走り待ち構えるルイが、上空に突風を飛ばす“神風扇!!”
妖狐を包んでいた炎が一瞬で消し飛び 落下速度を抑える 
空中で反転するとルイのすぐ横に着地する 妖狐
「2人揃って火だるまとは、仲がいいんだな」

《馬鹿な事を、言っていないで背中にお乗り! 本番はここからだよ!!》
周囲を巨大な雷雲が覆い 文字通り桶をひっくり返した様な、大粒の雨が降り出す
燃え盛っていた城下の建造物が“ジュッ! ジュッ!”と音を立てて、鎮火していく


下鴨神社
ルイからの文を受け取ったエヴァ達は、アラン、ブルート、本多忠勝の4人でベヒーモスの目的地と思われるという、岩村城へ最大速度で移動していた
京から約200kmの距離、彼等の足を持ってしても6時間は掛かる道程であるが
羽衣を纏い、風魔法で推力を得たエヴァは、3人を残しどんどんと先行していく
まさに飛ぶように走る 残された3人も必死に着いて行くが、すでに背中も見えない

そして天武の面々は、武田信玄、真田幸隆、浅井長政の許しを得て
お雪の先導で大垣城に向け出立する

「貴方達が、戦わなければならない事態は、あまりにも早すぎますが
私達4人にもしもの事があれば、この国を守れるのは貴方達しか居ません
こんな力を与えてしまって。。。ごめんなさいね」
そう言い全員の頭を胸元に引き寄せ、涙ぐんだ エヴァ
その言葉を胸に、一歩一歩大地を踏み締め 大垣城へと歩みを進める 天武の9人

「天女様は、絶対に死にませんよ 私の精霊ベラがそう言っています!
なのに。。。茶々の涙が止まらないのは、どうしてでしょう。。。」

「ああ わかっている! 誰も死なないさ 大垣城でみんなをお迎えしないとな」
妹·茶々の手を握り、大垣城へと駆ける 満腹丸


天女様と挨拶を交わし、くどいほどに感謝の言葉を述べ
やや落ち着きつつある城内を見渡し、脱兎のごとく天守へと駆け上る

「わしは、夢でも見ておるのか!?」
岩村城主、秋山虎繁が天守から、北の方角を瞬きもせず 喰い入るように見つめる
秋山虎繁が目にしているもの。。。
昨日までは、美しい町並みの城下が眼下に広がっていたが、今では、わずかな家屋を残し
あそこに見えている、3体の竜により業火に包まれてしまっていたのだが
それも先ほどより降り出した豪雨で黒い瓦礫の野原と化している
その光景だけでも、夢かと見紛うほどであるが、まるでこの城を守るかの様に背を向け
3体の竜に対峙している 神話より抜け出したかのような鬼神
両手には、人の丈ほどもある大太刀を持ち 黒く焼け焦げた衣服の間から
隆々とした筋骨が伺える 
そして後ろ姿からでも、額から天に向かい伸びた2本の角がそそり立つのを覗える
息を呑むほどの、可視出来そうな闘気が、その背中から伝わる
そして、その鬼神に並ぶように姿勢を低くして構える 4本足の獣
複数の尾をたなびかせ、縦横無尽に空を駆け回り、3体の竜を翻弄している
伝説の妖狐·九尾の狐だと思われる
もっとも驚かされたのが、九尾の狐の背に男が乗っていることだ
動き回る妖狐から、振り落とされる事も無く、2本の足で立ち 
すれ違いざまに、黒い刀身の太刀を振るう
「おつや見ろ!これが夢で無かったら、なんだというのだ?」
「殿! これは、まさしく天が天女様を鬼神を神獣を遣わされたのでしょう!
そして、あの背に立つ男こそ、噂に聞く龍神殺しのルイではないでしょうか!?」
「お〜〜そう言えば、そのような者が武田に助力されていると申していたな!」
「岩村城は救われたのです!」

これが、実体を持つということか! これ迄の憑依などとは違う、圧倒的な存在感!
並列した思考を手に入れた事により、元々の兄弟達の本能、思考に溶け込んでいる事が
感じられ、それぞれ何が出来るのか 何が得意なのか 生を受けてから、今までの事も
2体の竜の指先の血の流れまでも感じる事ができる
この身体で、生き物の息の根を止めた時の快感とは、どれほどの物だろうか?
この鬱陶しい鬼と獣を殺したら、奴らの後ろの城に逃げ込んでいる 
数千の命を(なぶ)る事にしよう 逃げ惑う人間共を、この尾で全身の骨を粉砕し
この爪で串刺しにし、生きたまま食いちぎり 押し寄せる快感に身を委ねよう
さぁ 殺戮の時間だ!!

母竜·ベヒーモスは、自分を導いていた ネボアの存在が、この空間から感じられなくなっていた事に戸惑った しかし2体のバハムートが目の前に現れた瞬間に全てを理解した
と同時に、この戦いの勝利をも確信した
ネボアの思考や経験、魔力に属性までもが兄弟それぞれに溶け込んでいる
この2体に足りなかった知能と戦いの経験が、さらに魔力の上限までが上がり
赤く変色した兄には、自分を超える火炎属性が、黒く変色した弟には闇属性が加わり
自分をも軽く凌ぐ生物へと進化した事に歓喜した
この世界を、我が血族のみが生きる世界 そんな未来を夢想する ベヒーモス

《ルイ!あんたの黒い太刀を飛ばす術を、あたしが合図をしたら、思いっきり飛ばしておくれ いいね!》

「ああ 解ったよ お玉様!」
大嶽丸が数百本もの槍を浮遊させ、3体の竜の注意を惹きつけている その隙きに
“トンッ”と空間を蹴り、感知される事を阻害する術を掛け 3体の上空に陣取ると
8本の尾を広げる それを見た大嶽丸が引き絞っていた弓を射るように、一斉に放たれる
数百本もの凍りの槍 唸りを上げながら大気を切り裂く

上空では、竜巻が3体の竜を呑み込もうと吹き荒れる
《ルイ!今だよ!!》
“幻影散棘” 数十本の黒い太刀が竜巻に乗り、さらなる加速と雷を纏い 3体の竜を巻き込もうと襲いかかる

岩村城の各所では、いつの間にか、この戦いを見守っていた観衆から盛大な歓声が上がる








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