第9話 勉強会

文字数 3,533文字

その後 夜遅くまで勉強会は続いた 主に周辺諸国の地理と領主と歴史
各領主達の、武田家との関係等を、事細かに語る昌幸は、父 幸隆にも劣らぬ聡明さが感じられた
その勉強会の最中にも関わらず、次々と武田家重臣達が挨拶に訪れる

「武田信玄が四男、諏訪勝頼と申します 天女様のおかげで父が、すっかり元気になりました 
心より感謝いたします」

畳に額を擦り付けんばかりに、頭を下げる勝頼 涙まで浮かべ頭を上げようともしない

「私も、命を助けて頂いています 何も気にされることはありません」
まさに天女の如き笑みを浮かべるエヴァ

「天女様。。。」頭を上げエヴァに、抱きつこうかという勢いでにじり寄る

「今後とも、ルイ殿と共に父·武田信玄にお力をお貸しください 何卒お願い申し上げます」
興奮のあまりエヴァの手を握りそうになり、すんでのところで思い留まる

「少し落ち着いたほうが良いですな 勝頼殿」徳本が(いさ)める

「徳本先生 何故(なにゆえ)に先生が天女様のお部屋に?」

「わしか?わしは天女様の案内係?付き人?というか弟子じゃな!!」
完全に開き直る徳本

その後も、浜松城に滞在する主だった重臣が訪れるも、何故か出ていかない。。。
勉強会も一段落し昌幸が(かわや)に立つ

「皆さん 数ヶ月に及ぶ連戦でお疲れのご様子 傷を隠されている方もいらっしゃるようですね
【慈愛に満ちたる天の光 天使の息吹となり 傷つきし者を癒やし給え 天光治癒】」

部屋中が暖かい光に包まれる
静まり返る室内 言葉を発するものもなく 皆がそれぞれに緩みきった笑顔を浮かべ
両の手の平を見つめる者 古傷のあった足を擦る者 肩をぐるぐると回す者 涙を流し拝む者まで居る
言葉もなく満ち足りた気分に浸っていたその時
障子の向こうから声が掛かる

「山県昌景 夜分に失礼とは思いますが ご挨拶に参りました」
許可を得て部屋に入る

「皆 お揃いで。。。どうされました?」異様な雰囲気に足を止める 山県

「みんな天女の癒やしの光に言葉を忘れたようだ」
ルイが座布団を勧めながら 座るように促す

「私を救って頂き ルイまでがお世話になりましたそうで、厚くお礼申し上げます 
ありがとう御座いました」頭を下げるエヴァ

「礼には及びません こち」

「見ましたね?」山県が言い終わる前に、言葉を被せるエヴァ

「はい?ええっ!?」
山県へと詰め寄る エヴァ

「見ましたね?? 私の一糸まとわぬ姿を」さらに詰め寄る

「あの あの場合は。。。」のけ反るように距離を置こうとする

「貴方様の頭の中を少しいじらせて頂き あの時の記憶を消そうと思うのですが。。。」
言い終わると同時に山県ににじり寄り、逃さんとばかりに羽交い締めにする 馬場信春と勝頼 

「お主 見たのか!? どうじゃった?」噛みつかんばかりの馬場

「それは。。。この世の者とは思えぬほどに美しかったが。。。」

「天女様 此奴の記憶をすべて消し去ってくだされ!」
山県の手を取るエヴァ

「冗談が過ぎました お許し下さい 私もルイも山県殿には、本当に感謝しています」
両の手を癒やしの光で包む

「あっ。。。これは?」
すべての疲れが抜け 全身が暖かな温もりに包まれ、何故か涙までが溢れそうになる
幼子が、母の胸に抱かれているような安心感。。。
横に居るルイが山県の肩に手を置き “うんうん”と何故か頷いている

ー『エヴァって最強じゃん? みんなをもう虜にしてるし』ー

「なにか困ったことがありましたら 何でも申し付け下さい」

「天女様の為でしたら 命をも投げ出す覚悟です」

「これほど生きている事に感謝した日は御座いません」
皆が、それぞれに最上級の感謝の言葉を述べ 自室へと戻っていく


「夜も深まってまいりました 今日の所はここまでにしておきましょう」昌幸が告げ 腰を上げる

「昌幸殿 大変勉強になりました 時間が許しましたら 明日も宜しくお願いいたします」

「はい 私も楽しい時を過ごさせて頂きました では明日」

立ち上がろうとしない徳本を見つめる昌幸
不思議そうに首を傾げる 徳本

「徳本先生 天女様もお休みになられます 戻りますよ」

驚いた目で見上げる徳本の(そで)を引き 部屋を出る 真田昌幸と徳本


「エヴァって魔性の女? 凄すぎでしょ」

「ルイ。。。あなたも出ていきなさい 良からぬ噂を立てられても困りますので」

「えっ? いつも皆で雑魚寝してたじゃん?」

「2人っきりは私のイメージに傷が付きます いいですね!?」

「どこで寝ればいいんだよ。。。!?」 渋々と部屋を出るルイ


一夜明けた 天守曲輪の一室 上座に武田信玄 その右に真田幸隆 左に山県昌景 
そして少し離れて下座に徳川家康

「さて徳川殿 久しいな 積もる話もある 2人で話したかったのだが 小奴らがどうしても同席すると
うるさくてな」

「お久しぶりで御座います 武田信玄公 敗軍の将に縄も打たずに話をさせる臣下も居りますまい」
多少汚れてはいるが(りん)とした佇まいを見せ 肌艶も良い 徳川家康

「初めに言っておくが、お主が投降した後 誰一人として傷つけてはおらぬぞ 百姓共は郷に帰し
榊原、酒井を筆頭とした家臣たちは、近くの寺で待機しておる 十分に食わせているので案ずるな」
驚いた面持ちで信玄を見る 家康

「この上なき、ご配慮いたみいります」本心より頭を下げる
当たり障りのない近況、世間話に静かな時が流れる

「徳川殿 お主の目には、わしがどう見える?」

「はい 体調を崩されたと聞いておりましたが 肌艶もよく、まるで10歳も若返ったかのように見えまする」実際に3年ぶりに会った信玄は、生気に満ち溢れているように見える

「天は、わしを選んだようじゃ 織田信長ではなく、わしをな」

「。。。。もとより、そうだったのでしょう」

「わしも、そう思っておったが そうでは、なかったのじゃ。。。」
含みのある笑いではなく、まるで子供のような笑みを浮かべる

「と、言われますと?」

「正直なところ、わしの寿命は、そう長くはなかった 春まで保たなかったじゃろうな 己の身体じゃ 
自分でよくわかっておった」
黙って信玄の話に聞き入る 家康

「しかしじゃ 天は、わしに最強の槍と鉾を使わされた」

「槍。。。」家康の顔が、わずかに青に染まる

「槍じゃ お主も、その目でルイを見たそうじゃな?」
言葉もなく、肩を震わせる家康

「あれが、最強の槍じゃ」

「あの者が、天より遣わされたと!?」唇を震わせ声を荒げる

「その目で見たのじゃろう? 信じぬのか?」双眸で家康を射る

「信じるより有りませぬな あの忠勝が一瞬で。。。」

「付き人じゃそうじゃ あのルイなる者は、天女殿の付き人じゃそうじゃぞ 
わしは、その天女殿に命を掬っていただいた」
両の手で水でも掬いあげる仕草を見せる

「な なにを!?」瞬きもせずに家康を見続ける 信玄
意味を汲もうと思考を巡らす 家康 しばしの沈黙が。。。

「何故 信長に付いた? 同じ源氏の子孫として お主には期待しておったのに」
家康から視線を外し 両の手に視線を落とす

「信長殿には、今川より救っていただいた恩義があります故に」

「それは、結果論であって、お主を救うために動いたわけでは無かろう」
家康を見て、さらに言葉を続ける

「わしは、100歳まで生きるぞ 信長がわしに勝てると思うか?」

「この日の本で、武田に。。。いや武田信玄公に勝てる武将は、居りませぬ 此度の戦で思い知りました」
なにかが、ふっ切れたような笑みを浮かべる 家康

「わしはな、源氏を再興したいと思っておる 鎌倉。。。いや東国に本当の強い幕府を興す」

「夢でございますか? 叶うのであれば 見てみたいものですな」

「夢に聞こえるか? この源信玄が戯言を申すと?」
両脇に控える真田幸隆、山県昌景が両の手を握りしめ、顔を紅潮させる 家康自身も紅潮させ 
この部屋の温度が上がったようにさえ感じさせる

「信玄公が言われますと。。。造作もない事のように聞こえますな」
その言葉を聞き まるで子供のように嬉しそうに笑う 武田信玄

「おぬしは、何を望む?」

「私は、この首と引き換えに我が家臣の助命を。。。」
畳に額を擦り付け もう一度繰り返し嘆願する

「何卒!!」頭を下げつづける

「頭を上げよ わしはな、この日の本の武士、百姓に到るまで これ以上の無駄死にを出したくはない 
本当に強い幕府を興すためにもな」
ようやく頭を上げた家康に、説くように言葉を続ける

「これまでのわしはな、甘かったのじゃ 盾突く気も起きぬくらいの力を見せつけておれば これほどにこの国が乱れることもなかっただろうに」部屋の温度が更に上がる

「徳川殿 後ろを見られよ」家康が後ろを振替えると
次の間の襖がゆっくりと開く

そこには、布団がひかれ面布を掛けられた 何者かの遺体
布団の向こうには、白い着物を着た 美しい女が座っている

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