第72話 鈴鹿山のおりん

文字数 3,682文字

「まもなく鈴鹿山が見えてきます」
《そのようだね、随分と穏やかな妖力を感じるけど あ奴も、歳を取って丸くなったのかね?》

鈴鹿山の街道を外れ、獣道を分け入る 
立ち籠める霧や、迷い道で巧妙に隠蔽された 鬼ヶ城へと続く険しい道を妖力をたよりに登っていくと。。。

「この先は、人の立ち入る領域では、ございません お引取り頂けませんでしょうか?」

《古い知り合いに会いに行くんだよ 案内してもらえるかい?》

「あらっ お狐様ですか? これは、失礼しました もしや貴女様は、天竺の華陽様でしょうか?」

《あたしの声が聞こえるってことは、あんたも人外か。。。華陽ね、そんな名を名乗っていた事もあったね いい加減に姿をお見せ》
折り重なる木々の枝を縫い わずかに差し込む陽光と共に、声の主が姿を現す
少女のようにも、成人した女性にも見える 見目麗しい女性が羽衣を纏い 降り立つ

「大変失礼いたしました お初にお目にかかります華陽様 お話は、叔父上より常々伺っております 
天竺では随分とお世話になったと」

《まさかとは思うが。。。あんたが鈴鹿御前かい?》

ー『まさかの本物天女登場!?』ーエヴァの頬に汗が伝う

「天女様。。。あの女の人、綺麗な方ですね。。。」  「そ、そうね。。。」

ー『お雪ちゃん! 今はその呼び名はやめて!!』ーと目で訴えるが、伝わる様子はない

「いえ 母は、お役目を終え 天へと帰られました 私は娘のおりんと申します」

《叔父上ってのは。。。大嶽丸だね?》

「はい 血の繋がりは、ありませんが 私の唯一の家族です」

《ようやく話が見えてきたよ、あんたの父親は、田村丸って事だね?》

「はい 父の事もご存知でしたか。。。私が幼い頃に他界されてしまいましたが」

《じゃあ、あんたらは、何百年もここに留まっていたのかい?》

「はい 叔父上と2人 街道を通る方々の安全を祈願などしておりました
ところでそちらに居られます巫女様は、どこか母上を思い出させます」
柔和なおりんの視線にどこか、鋭さが混じる

「はじめまして、おりん様」エヴァが頭を下げる

《現世で天女と言われている お方だよ》 エヴァの顔がひきつる『言うか〜!?』

「それは失礼しました 俗世とは、一線を画しているものですから。。。
それにしましても美しい方ですね お連れの方も可愛らしい」

「お雪と申します おりん様よろしくお願いします」

《挨拶は、それぐらいにして大嶽丸の所に案内してくれるかい?》

「はい 叔父上も喜ばれると思います 私も久し振りに人と話が出来て嬉しいです」
人の往来を拒むかのような様な、森を抜け 質素な荒屋(あばらや)が見えてくる


「やっぱり姉さんだよな 変わってないな〜 ちょっと小さくなっちまったけど」
弥助よりさらに一回り大きな、がっしりとした色の黒い大男が懐かしそうに顔を綻ばせる 

《色々とあったからね〜 あんたも色々とあったようだね》

「ああ 立ち話もなんだから 入ってくれ ゆっくり出来るんだろう? さあそちらのお嬢さんも」 
荒屋の扉を開けると、石造りの立派な円形の広間が拡がり 
吹き抜けの上部に嵌め込まれた色付きのビードロの窓から、幻想的な光が差し込む

「うわ〜〜!」お雪が、上を見上げ感嘆の声を上げる

「ああ 外の荒屋は擬装してるんだ ここが俺達の居城·鬼ヶ城改め鈴鹿城だ」


淡々と語りだす 大嶽丸の話に全員で耳を傾ける
大嶽丸が天竺から戻り 鈴鹿御前を取り返すため田村丸らと激戦を繰り広げた事
実は、鈴鹿御前は、大嶽丸の悪行を止める為に天より遣わされた事
田村丸は、鈴鹿御前に害をなす意図はなく、それどころか愛し合いおりんを身籠っていった事 
事実を知り、荒れに荒れた大嶽丸は、列島を巻き込み暴れ回る
数年に渡り暴虐の限りを尽くした大嶽丸だが、北の地でついに力尽き神々に組伏せられる
そこに鈴鹿御前が現れ、大嶽丸を騙し討とうとした事を侘び 共に罪を償う事を申し出る
数年に渡り鈴鹿御前を頑なに拒み続けた大嶽丸だが、田村丸が天寿を全うし
おりんの成長を見守り続ける中で ある日憑き物が落ちたかの様に恨みや、憎しみ、妬み
といった負の感情が霧散し、自分の愚かさに気づき、のたうち回る事となる
天女の成長は遅い数百年をかけて赤子から幼児、少女へと成長する様を
鈴鹿御前と共に見守ってきた大嶽丸は、おりんの側で生涯を仕えることを誓う 鈴鹿御前が天界へと戻り
落ち着いた時が流れていったが 最近になって急に現世の異変を感じ取り
成人したおりんと共に鈴鹿城から数百年ぶりに外へ出たとの事である

《この娘は現世で天女と呼ばれていてね この娘を見たあんたがトチ狂うんじゃないかと心配して付いてきたんだけどね いらぬ心配だったようだね》
ギロリッとエヴァを見る 大嶽丸

「鈴鹿御前は、もっとお淑やかで、慈悲深く、思慮に深く、慈愛に満ちたそれはそれは、素晴らしい女性だった」
ギュッと拳を強く握り締める エヴァ


姉さんなら、知っているよな 御嶽山に住み着いている奴等は、何者なんだ?」

《こことは違う世界の竜だよ 火竜と呼んでるけどね、あとの3匹は火竜の子供だね》

「どうにも奴等が、同じ世界で息をしていると考えただけで耐え難い衝動に襲われるのは、俺様だけじゃないよな? 俺様が言うのもあれだが。。。奴等は、この国を蹂躙するつもりだろう!?」

《そうさね、あの火竜どもの事を考えるだけで、腹わたが煮えくり返るね あたし等とは、決して相容れぬ存在なんだろうね》

「このおりんに厄災をもたらすかもしれぬ輩は、さっさと滅せねばな ちょっと行って懲らしめてこようと思うんだが」

《それは、この娘達の仕事だよ あんたの出る幕じゃない あんたは、ここでおりんちゃんを守っておやり》

「ちょっと待ってくれよ姉さん この娘達では、返り討ちに合うのは、目に見えているだろう! 姉さんも尾が4本しか無いのでは、戦いにならないだろう!?

《見くびるんじゃないよ!!》声を張り上げる妖狐

「叔父上、確かにこの方達は、私とも叔父上の物とも種類は異なりますが 巨大な神通力をお持ちですよ 
この方達の使命が、火竜を討つ事ならばお任せしても良いと思います」

「こんな若い娘達に任せて、ここで指を咥えて見ていろというのか?」

「大嶽丸様 私達には、まだ沢山の仲間も居ますし 我らが使う武具には、酒呑童子殿や茨木童子殿、青龍に土蜘蛛まで憑依して下さっています 準備が整い次第 あの火竜の親子は、退治しますので、もうしばらく辛抱して下さいませんか」

「確かに、その独鈷杵には、ただならぬ者が宿っているようだが。。。このような若い娘たちを戦いに向かわせると言うのが、俺様の矜持に傷が。。。」

《それにしても、あんたの魔力感知は拙いね。。。独鈷杵に宿っているのは、青龍だろうが! 
あたし等が近づいてきた事にも気付かないし よく火竜を感知できたね。。。?》

「何を言う姉さん! 青龍の名前をど忘れしていただけだ!! 姉さん達が来たことにも気付いていたぞ。。。」

《あんたのそういうところは、本当に変わっていないね。。。》

「あの天女様、お雪ちゃん 裏手に露天風呂が有ります 旅の疲れを癒やしてはいかがですか?」
おりんが立ち上がり露天風呂の方を手で促す

ー『本物の天女に、天女様って。。。もういいです!』ー 開き直る エヴァ

「わぁ〜良いですね! 皆で入りましょうよ!」子供のようにはしゃぐ お雪

「良いのですか!? 皆で入れるなんて楽しそうですね!!」つられてはしゃぐ おりん

「そうですね そうしましょう」なんだか ヤケ気味のエヴァ

おりんに案内され、広い城内を歩き裏庭に出る 竹の林に囲まれた石造りの露天風呂
平地での猛暑が、まるで嘘のように 涼やかな風が木々の香りを乗せ頬に当たる

「素敵なところですね〜 脱衣所は、どこでしょう?」
「すいません お客様など来られることが無いので。。。脱衣所は用意してないのです
あの衝立(ついたて)を使って頂けますか」

「大丈夫です 全然気にしませんよ!」
そう言いながら、ポンポンッと着ていたものを脱いでいく お雪
湯船の湯を掬い 体を流すと露天風呂へと飛び込む

「うわ〜 気持ちいいです!天女様も早く入りましょう」

「お雪ちゃん ちょっと、はしたないですよ」

「喜んで頂けて嬉しいです 私。。。友達とかできた事が無くって、なんだか嬉しいです」
少し俯き 頬を赤らめる おりん

「私達は、もう友達ですよね! ねぇ天女様!!」

「もちろんです 入りましょうおりん様」
湯を掛けているエヴァの肩に手を乗せてくる おりん

「天女様の肌 とても綺麗なんですね。。。何かお手入れとかされているのですか?」
そう言いながら、肩に乗せた手が背中を伝い脇腹の方へと降りてくる

「ふゎ〜!?」とおかしな声を漏らす エヴァ

「さぁ入りましょう 後で背中を流しっこしましょうね! なんですか!!
お雪ちゃんの暴力的なまでに張り出した胸は!? ちょっと触ってみても良いですか?」

「良いですけど。。。おりん様の細いのに出る所がちゃんと出ている 体も素敵です」
なんだか、おかしな方向に行っている事に冷や汗を流す エヴァ

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