第23話 鳴海城 開戦

文字数 4,992文字

日の出までは、まだ時があり 闇に包まれた
扇川と海との中洲にあたり 鳴海城の南東800メートルの地点 行軍を止め 本陣を張る
そこに次々と持ち込まれる2000張を越える弓

「この弓すべてに強化と風の加護を授けます 効果時間はおよそ6時間 射程距離は通常の倍以上になります ここから鳴海城まで届く距離ですね まずは、500張」杖を胸の前に掲げ 目を瞑る
黄色い光が放射状に弓へと降り注ぐ それを馬場信春の弓兵500名が列を作り手に取っていく

「相手の射程外から火矢を撃ち込んでください 残りの500名は、こちらに並んで下さい 筋力強化と身体硬化の加護を授けます」
500人の兵士に赤い光が降り注ぐ

「それと馬場信春殿と榊原康政殿には視覚、聴力の加護も授けました」

「では馬場信春殿の部隊1000兵 善照寺砦をお願いします 
天女様に言われたように 敵の射程外から火矢を降らせ
戦意を削いだところで一気に討ち入り占拠という流れでお願いします」
総大将の山県昌景が念を押す

「うむ 行ってくる わしのところが一番早く片付きそうじゃの ガッハッハ」 豪快に笑う 馬場信春

「ご武運を」

同じ流れで榊原康政の部隊1000兵が丹下砦に向け出陣していく
予想される敵勢力は、それぞれ3000と数字の上では不利だが
天女の加護により、誰一人として負けるとは思っていない 傷つくとさえ思っていないのであった

これだけの規模で強化魔法を使用したのは、初めてではあるが この世界の濃縮された魔素があるからこそ
可能な荒業である 以前いた王国では、この半分でも不可能なことは間違いがない

「天女様 顔色が優れませぬが 休まれたほうが宜しいのではありませぬか? お許しいただけるのでしたら、この本多忠勝 単騎にて鳴海城を落としてまいりますが」

「それはなりません これからの武田軍の攻城の試練でもあるのです 武田、徳川の軍にこれからの戦の仕方を学んでもらわねばなりません、貴方が一人で落としては意味がありません」
顔色も青く、肩で息をする エヴァ

「おのれ! 織田信長 天女様をこのような目に合わせおって まずは、羽柴秀吉から血祭りに上げてくれる」
鬼のような形相で[蜻蛉切り]の石突を地面にめり込ませ 八つ当たりをする 本多忠勝

「忠勝殿 鳴海城の斥候をすべて排除してくれたおかげで、この戦は勝ったも同然です 感謝しています」

「もったいないお言葉 この忠勝 天女様がごゆるりと休まれる為に、鳴海城をすぐに落として参ります」

「そこは、武田の為でお願いします」子供のように可笑しそうに笑う エヴァ
その顔を見て 幸せそうに目尻を下げる 本多忠勝となぜか徳本先生

「山県様 日が昇る前にこちらも、出陣いたしましょう」
残り1,000張の弓と1,000人の兵に加護を授ける エヴァ 

「では私は、少し休ませて頂きます もし怪我をされた方が居れば、すぐにここまで運んでください 忠勝殿
あとはお願いしますね」

「はっ すぐに戻ります 山県様 天女様をお願い致します」

「ふむ 任せよ ご武運を」



闇に紛れ本陣を離れる 本多忠勝の部隊2000兵 本陣から300メートルほど離れた扇川の辺りで行軍を停め
1000人の弓兵が横へと広がっていく 鳴海城の西側は海で南側は深田 残る東側と北側を容易に包み込む
強弓[5人張り]に3本の矢を番え 物見櫓の見張りに狙いを付ける 本多忠勝

その距離500メートル 4台の櫓の見張りを 4度弓を絞り黙らせる もともと得手であった弓の腕前が
もはや神業にまで昇華されている

「火を熾せ」合図と共に篝火が灯され 矢の先に油を含め火を着けられた弓が一斉に鳴海城に襲いかかる
1,000本もの矢が鳴海城の建築物に次々と刺さり 火を燻ぶらせる
騒然とする鳴海城内 敵兵も弓を持ち500メートル先の篝火に矢を射るが はるか手前で失速し落ちていく

「敵は、なぜ あそこから届くのだ??」「本丸に火がついたぞ 水を持って来い!!」

「見張りは何をしておったのじゃ!!」蜂の巣を突いたような騒ぎで右往左往する 織田信長軍
本多忠勝の部隊から、2射。。。3射。。。4射目と矢が放たれ更に火の手が広がっていく城内

「なんじゃ! 何が起こっているのじゃ!?」
寝間着のまま外へと飛び出す 羽柴秀吉 その足元に火矢が突き刺さる

「兄者! こっちじゃ!!」秀吉の袖を引き 蔵の立つ区域へと走り出す 秀長

「座敷蔵より、この米蔵のほうが火に強い 窮屈だが、ちょっとの辛抱じゃ」
秀吉の背を押し 米蔵の扉を閉め 扉の外で槍を手に仁王立ちの 秀長

「兄者の悪い予感は、本当によく当たるんじゃの もっと真剣に聞いていれば なにか打つ手があったかもしれんのう。。。ここは、誰も通さんから 安心してくれ」

海風により、またたく間に火の手が広がっていく鳴海城
まだらだった城内よりの弓での攻撃も止み
熱風から逃れようと大手門、搦手門へと殺到する 織田軍
それらを掘りに架かる橋にて待ち受ける 武田軍

長槍を持ち、身体強化された槍衾に為すすべもなく城内へと退いていく者 
暑さに耐えきれず堀に飛び込む者 武器を捨て降る者
槍衾の餌食となる者 未だ降り注ぐ火矢に逃げ惑う者たち 鳴海城内が地獄絵図と化していく



「撃ち方止め!!陣鐘を鳴らせ!!!」 カンッ!カンッ!カンッ!本多忠勝の采配で弓隊の攻撃が止まる

「矢沢頼綱殿(真田幸隆の弟)、この攻城戦 兵達は十分に経験を積んだと思われますか?」忠勝が聞く

「そうですな 新しい武田の戦 身を持ってわかりましたでしょう あとは城内を制圧して積みですな」

「拙者は、本陣の天女様にすぐ戻ると約束しております ここは矢沢殿に任せ 城内を制圧して参ります」

「よかろう、くれぐれも無理はされないようにな それがしも天女様の悲しむ顔を見たくはないのでな」

「矢沢殿! 拙者に何かあれば 天女様が悲しむと思われますか!!」身を乗り出して喰いついてくる

「そ それは、当然そう思うが。。。」巨躰の忠勝に迫られ 後退る

「矢沢殿! かすり傷1つ負わずに戻ってまいります」矢沢頼綱の手を取りぶんぶんと振り 頭を下げる

「おそらくだが、羽柴秀吉を生け捕りにしてきたら 天女様に喜んで頂けると思うが」

「そうでありますか! そこまで考えが至りませんでした では、生け捕りにしてまいります」
矢沢頼綱 兄、真田幸隆に劣らぬ策士のようである



大手門に続く橋に群がる兵を押し退ける 本多忠勝
「道を開けろ!これより武器を持たずに出てくる織田勢は全て捕えよ!! 武器を持っている者は、全て切り捨てよ!!」

「では、行ってくる」

「城内に入られるのですか? 我らもお供させて頂きたい!」
天女の加護を授けられ力が漲っている兵たちが声を上げる

「半分は、ここに残れ! 一人も通すな 半分は我に続け!!」

そう言うと再び閉められた大手門の手前で立ち止まり 【蜻蛉切り】を上段に構え 一気に振り下ろす

(かんぬき)もろとも一刀両断にされた大手門が音を立てて崩れ落ちる

おおおおぉぉぉぉっ!!! 歓声とともになだれ込む武田軍 燃え盛る城内 満足に具足も装備しておらず 
逃げ惑う 織田勢
火の手を避けつつ、東西に長く建つ曲輪の制圧を任せ 二の丸に向かう

「本多忠勝! まかり通る!! 武器を捨て降る者は、命までは取らぬ 城外へと出られよ」
燃え盛る二の丸の中庭で具足を着け太刀を持った兵に囲まれる 陣太鼓が狂ったように叩き鳴らされ
次々と中庭へとなだれ込んでくる織田の兵士、蜻蛉切りを頭上で風車のように回し、畳み込む機先を制す

「武器を捨て降る者は、道を開けよ 命までは取らぬ!!」

「なめるな!一気に押し潰すのだ!! かかれ!!!」
駆け付けた前田利家の指示で、本多忠勝を押し潰そうと 囲いを狭め襲いかかる

蜻蛉切りを一閃 横に払い 10人以上の膝を叩き割り 更に10人以上を吹き飛ばす
燃え盛る建物内に吹き飛ばされた数名が、引火した着物の火を消そうと転げ回る
一息に15メートルほど離れた前田利家に詰め寄り 右手に持った太刀を払い飛ばす

「本多忠勝殿 お主まで武田に付くか!!」

「前田利家殿 ご無沙汰しております 我が殿の仇と天女様のお導き故」
背後から迫る風斬り音に僅かに首を傾げ逸らす 二の丸の柱に突き立つ 投槍

「おぉ〜 さすが本多忠勝殿 我は、前田利家が家臣·前田慶次郎 一騎打ちを所望致す」

「ほぅ お主が、傾奇者(かぶきもの)と噂の前田慶次郎か」
前田利家の甥で、本多忠勝にも劣らぬ体躰を誇る 前田慶次郎

「慶次郎か 一騎打ちは止めておけ、悔しいがこの男 人の枠の外の生き物のようじゃ
理屈の通らぬ強さじゃ わしを置いて逃げるがよい」 腰から小太刀を抜く 前田利家

「叔父上 拙者にも昔同じ事を言われましたな 人の枠の外の強さだと あれから更に強くなっております
負ける道理がありませぬな フハッハッハ」楽しそうに笑う 慶次郎

「すまぬが時間がないのでな、まとめて」忠勝が言い終わる前に 地面の土を蹴り上げ 
一息に間合いを詰めながら 左手に持った短槍を横に払い 同時に右手の太刀を上段から振り落とす
それを後ろに飛び躱すと 【指弾】で小石を飛ばす
額を狙った飛礫を太刀の鍔で受ける 慶次郎

「ほ〜 見えていたのか!? 覚えたばかりの技だが、防がれたのは、初めてだ」こちらも楽しそうに笑う

「人外だと言ったろ 見えるさ!」得意気に胸を張る 慶次郎
ー『本当は、見えてなど、いないけどな 嫌な予感に頭を守っただけ。。。次が来たら
防げる気がしないな 化け物め』ー 

柄の壊れた太刀を捨て 胸元から吹き矢を取り出し 横に走りながら吹くやいなや叫ぶ 「今だ!!」
吹き矢を穂先で叩き落とした忠勝の足元に 前田慶次郎の背後から投じられた煙玉が4つ転がる 
立ち昇る煙を割いて 慶次郎の短槍が飛んでくる

それを額に触れる寸前で左手で掴み取り 気配を頼りに投げ返す 「うっ!」
煙から飛び出し 声のした方を見る 肩口に短槍の刺さった前田利家を慶次郎が担いで
燃え盛る二の丸へと飛び込み逃げていく 追う態勢になる忠勝だが思い留まる

ー『かすり傷も火傷も負うわけにいかぬ 天女様に心配をかける故 この業火の中 無傷では助かるまい』ー


大半の兵たちが武器を捨て 投降していく織田勢
武田軍に制圧された中庭を横切り 本丸へと向かおうと気配察知を使うが 投降した織田勢の人の流れが
大手門、搦手門へと向かい 本丸方面には疎らな気配しか見当たらない
北東に意識を向けると 密集した気配を察知した 「向こうか。。。蔵があるようだな」
逃げ落ちていく人の群れを風のようにすり抜け 北東を目指す

焼け落ちた建物に囲まれ 火の手を逃れた2つの蔵 手前の大きな座敷蔵の分厚い扉を蹴り上げる
蝶番(ちょうつがい)が捻れ扉が歪む 両手に渾身の力を込め重い扉を押し倒す ドスンッと重い音が響く
槍を構えた兵たちが忠勝に穂先を向け構えている その奥を伺うと 50人ほどが火の手を逃れ 
ここに詰めていたようだ 女、子供の姿も多数伺える

「我は本多忠勝 向かってくる者は容赦なく切り捨てる 武器を捨て投降する者の命は保証しよう
すでにほとんどの者が投降している ここで抗ったところで命を捨てるだけだ!」

「それがしは、佐久間信盛だ その言葉 誠であろうな ここは、女、子供が大勢居る
武器を捨てるので、この者らの命は保証してくれるのだな」

「この本多忠勝 嘘偽りは申しませぬ 武器を捨てられましたら 搦手門まで誘導いたします」

「わかった 皆のもの槍、刀を捨てよ」 そう言うと 佐久間信盛が忠勝の元へと歩み寄る

「本多忠勝殿 家康殿の事は、誠に残念であった この戦、我らに義は無い 皆の事は頼む、この首 跳ねるが良い」

「佐久間殿 拙者が望むのは、織田信長の首ただ一つ お命は大切になされよ」
後のことは頼むと 配下の者に搦手門まで誘導させ 残った米蔵へと向かう

米蔵の前で仁王立ちで立ちはだかる羽柴秀長 ゆっくりと近づいていく本多忠勝
槍の届く距離で歩みを止める 
煙を多く吸ったせいか満身創痍に見える羽柴秀長が一歩間合いを詰め 槍を扱き、忠勝の胸へと槍を滑らせる
それを右手一本で払い上げ 左手で胴金を掴み強く引く、堪らず前へと転がる 羽柴秀長

「中に居るのは、羽柴秀吉殿ですな?」 力なく、首を横に振る 秀長
米蔵の扉がゆっくりと開き 顔を出す 羽柴秀吉

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