第87話 惨劇

文字数 3,287文字

焼けるような痛みの残滓が思考の邪魔をする
それを緩和させる為なのか、憎悪と明確な殺意が、思考を司る部分を支配する
自分は逃げているのだ! 餌であるはずの人間に攻撃され! 許して良いのか!?
否! 断じて否だ!! 許して良いはずがない、あの男の居た要塞を火の海に沈め
あの赤い波動の男を八つ裂きにせねば、この自分の中の痛みが消えない。。。

今から最初に目に入った人間に憑依し、兄弟達への餌にする事で、僅かながらではあるが
気晴らしとしよう そう考えながら地表に目を凝らす
いつものネボアであれば、集団の中で失踪しても騒がれにくい人間
浮浪者のように、昼間から職もなくふらふらしている人間などに憑依し、似たような境遇の人間を洗脳し御嶽山に向かうという慎重さを持っていた
しかしこの日のネボアは、小さな集落に居た人間すべて80人をたちまちのうちに洗脳し御嶽山へ向けて歩きだすという、これまでの慎重さからは、考えられない暴挙を犯す 
ルイへの怒りと、己の能力の進化に半ば我を失っていたのだろうか
容易く洗脳に成功し同時に強化を掛けることで、足腰の弱った老人達までもが、御嶽山までの60Km近い道程を半日で歩き通してしまったのだから
しかし数時間後、集落を留守にしており帰宅した男が赤子以外の集落の人間が消え去ったと届けでた事により、それまでも近隣の集落で老人達が集団で失踪するという事案と合わせて、武田家の領内ということもあり、将軍·武田信玄の耳に入る事となる


御嶽山 火口付近
ここでネボアは、この洗脳した80人の人間を使い自分の能力の実験を試みる
半数の40人の洗脳を解くと 洗脳中の40人に対して、突然洗脳を解かれ、混乱している40名を逃げられぬように殺さぬように羽交い締めにさせる 
洗脳と身体強化の掛かった彼らは、子供でも容易く大人の男を身動きの取れぬように抑え込んだ 
その中から、少年を羽交い締めに抑え込んでいる老婆に少年を殺し火口に投げ込むように命令すると
喜々と(よだれ)を巻き散らかしながら、少年が抵抗する間もなく、首を捻り絶命させると
火口へと投げ入れる 洗脳を解かれた人間から悲鳴が上がる、少年の親だろうか?
老婆に口汚く罵る
「うめ婆さん! 俺の息子になんて事をするんだ!!殺してやる!!!」
泣き叫ぶ男の拘束を解かせ、ネボアは隣にいた男に憑依し、息子を殺された男に歩み寄る

「その老婆を殺せば、お前の家族は逃してやろう」
言葉を話せるのか疑問だったが、実に流暢に話す事が出来た 驚くべき進化である
「茂吉さん あんた何を言っているんだ!?」
激昂した男が、ネボアが憑依した茂吉と呼ばれた男の胸元に手を伸ばす 
そこに老婆が髪を振り乱し、男の背中に飛びかかると同時に首筋に噛みつく、鮮血が噴き出し
必死に体を捻り老婆を振り払う 男
老人とは思えぬ身のこなしで、男と距離を取ると“ぺっ”と自分の残り少ない折れた歯と
男の首筋から抉りとった肉片を地面に吐き出す
男は左手で血が吹き出す首筋を抑え、右手で地面に転がっている大き目の石を拾い上げる
なんの躊躇もなく、涎を撒き散らしながら男へと突進して行く老婆
その老婆の頭に右手に持った石を思いっきり叩きつける “グッシャッ!!”
老婆の頭部が陥没し、石には、老婆の髪の毛の付いた頭皮が付着している それを見た男は
「ひっ!?」とその石を投げ捨て、後方に尻餅をつく
頭と口から大量に血を流しながら、なおも男へと飛びかかる老婆
左手で男の髪の毛を掴み、右手の指を首筋の傷口にぐりぐりと突き立てる
「うめ婆さん。。。」という言葉を最後に動かなくなる男の体を、髪の毛を掴んでずるずると火口まで引きずり軽々と投げ捨てる
ようやく状況を理解してきた人々から悲鳴が上がる
「きゃっーーーー」「やめてくれ〜 帰らせてくれ〜」「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」
「お前ら!何をしているかわかっているのか!!??」
その後も5人を火口に突き落とした うめと呼ばれる老婆は、両腕のすべての指があらぬ方向に折れ曲がり、肘からは骨が飛び出しながらも命令を解くまでは、闘争心を欠く事も、洗脳が解ける様子も無く
狂ったように殺戮を繰り返した

洗脳を解いた40人を火口へと落とし、残りの40人を予備の食料として火口の周囲で待機させておく 
実験の結果はというと、概ね予想通りの結果となった
以前であれば、火口に落下していく衝撃で洗脳が解けたものだが
頭部が陥没するほどの衝撃でも、洗脳が解けることなく動き続けるという結果は、ネボアにとって満足のいくものであった
いったい何人までを同時に洗脳し操る事が出来るのか? 不死の軍団を作れるのでは?
そんな思いがネボアの脳裏を掠める

一週間ぶりに火口の内壁に沿って、ゆっくりと降りていくネボア
息のあった数人が、生きながらに身体のあちらこちらを抉られ、断末魔の悲鳴が火口内に木霊する 
その声が3匹の竜には、最高の調味料となり ネボアに身を震わすほどの歓喜を与える

母竜ベヒーモスを見る 槍に貫かれた傷は、ほとんどが塞がり
雷撃よって黒く焼け焦げていた皮膚も、本来の赤黒さを取り戻していた
しかし主要な武器である、切断された尾の先は、再生されておらず 痛々しい切断面を晒している 
忌々しきは、天女と呼ばれる女と、要塞に居た同じような赤い波動の男

《他にも2人居るぞ!》
んっ!? ネボアの頭に直接、入り込んでくる声

《お前の母竜の記憶を覗いているのだ あの赤き波動を持つ4人はお前の母竜と同じ世界で生まれ
共にこちらの世界に来たようだ。。。念話で話しているのだ、お前も頭の中で我に話しかけてみよ》
言われたように、ベヒーモスに向けて頭の中で話しかけてみる ネボア

《貴方は、何者なのだ?》

《我は、何者なのだろうな。。。この世界の黒魔術という術で生み出された思念体なのだが
怨霊といわれている存在だ この世界のすべての生物を憎悪し根絶やしにする事が我の存在意義だ》

《察するに俺を産み出してくれた存在という事だな、目的まで同じということか。。。》

《そういうことになるな我が息子よ 憎しみの赴くままに蹂躙するが良いぞ この母竜ベヒーモスも
そこに居る2匹の兄弟竜バハムートも、お前が導くのだ。。。よいな?》

《兄弟竜は、バハムートというのか。。。念話は通じるのだろうか?》

《我も語りかけておるが、会話は、まだ無理のようだ しかし呼び掛けには反応するから、いつも餌を持ってくるお前の言う事なら聞くかもしれんな》
2匹の兄弟竜を見ると、彼らが、がむしゃらに餌を貪っていたので気づかなかったが
自分同様、この1週間ほどで急激な進化を遂げたのだろうか? 2回りほども大きくなり
体高では、母竜ベヒーモスよりも、明らかに大きくなっており 表皮が赤黒く変色し
岩を砕いて貼り付けたようなゴツゴツとした質感に変化しており 凶悪さを増している
試しに念話で語りかけてみる

《兄弟、餌ならまだまだ上に待機させてある 好きなだけ食べてくれ》
““グルルルルルッ グルルルルルッ”“貪っていた口を止め 2匹が同時に唸り声を上げる
意思の疎通は出来ているのだろうか? 母竜ベヒーモスの傷がもう少し癒えたなら
あの要塞に居る、赤い波動の男に目にものを見せてやろう


下鴨神社 葵生殿
「お館様、先ほど岩村城の秋山虎繁の遣いの者が参りまして 少し気になる事が。。。」
武田信玄の居室に声を掛ける 真田幸隆

「入れ なんだ、申してみよ」

「はっ 秋山虎繁の文によりますと、岩村城の北50Km程にある小川村という小さな集落があるのですが
3日前に村民のほぼ全員にあたる80名が忽然と姿を消したそうです」

「それは、野盗などの(たぐ)いでは無いのか?」

「争った形跡は無かったそうです 実は、それ以前から美濃、尾張、信濃の村落から
老人達が、10人単位で居なくなるという届けも出ていたようで 文には、その村落の
地図も添えられておりました こちらです」
地図を受け取り、広げる 武田信玄

「秋山虎繁が急いで遣いを出した理由がこれか。。。」

「はい 御嶽山を中心にした村落から失踪者が出ております」

「アラン殿とブルート殿を呼んでくれ!」





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