第59話 旅路

文字数 4,471文字

備前
山陽道を順調に進む そのあまりの速度と、美しい巫女に2人の侍が付き従う様に 
すれ違う者 追い抜かれた者達が怪訝な表情を浮かべる 

「悪者が、善良な町人を虐めているような場面に出くわさないものですかね?」

「天女様、平和が一番だと思うのですが。。。」
呆れたように目を見開き山本管助を見る エヴァ

「なんの為に印籠を用意したと思っているのですか!!」


「どなたか〜お助けください!!
またしても、強化された聴覚がか弱そうな女の助けを求める声を拾う

「急ぎますよ!」一斉に駆け出す3人 しばらく行くと街道から片輪を落とし
傾き倒れかけた荷馬車が視界に入る 

「勝さん 出番です」
更に速度を上げ 路肩に倒れる寸前の荷車を支える 本多忠勝

「どうやら車軸が折れてしまったようですね 勝さん、もう少し持ち上げてください」
野菜等の荷物の満載された荷車を、何事も無いように持ち上げ片側を浮かす
真ん中でポッキリと折れた鉄製の車軸を、荷車の下に潜り込んだ 山本管助が真っすぐになるように支え
石化の魔法で車軸の周囲を強化する エヴァ

「取り敢えず、応急処置はしておきました、次の町で交換したら良いですよ」
ポカンと目を丸くしたまま、頷くだけの商人とおぼしき初老の男と娘

「では、先を急ぎますので」
立ち去ろうとした3人に、はっと我に返り 追いすがる商人

「巫女様、お侍様!! 私は、この先の石山城下で食堂を営んでおります“大森屋”と申します 
是非お立ち寄り下さい」
ぴくっと3人の足が止まる 「えっと。。。この辺の名物といえば、なんでしょう?」

「はい 瀬戸の海で揚がった タコや穴子、牡蠣などが今の時期はお薦めです」

「食べたことの無い物ばかりですね。。。急ぐ旅ではありませんので、お言葉に甘えましょう 
勝さん荷車をお願いしますね お二人は、その上に乗ってください」
“大森屋”までの道程を砂煙を上げながら疾走する 


尋常でない速度で皿を積み上げていく3人
「この穴子の天ぷらも美味しいですが、蒸し焼きという物を、初めて頂きましたが、美味しいですね〜
気に入りました」

「これは、ぜひとも鳴海城の食堂の、お品書きに加えて頂きたい一品ですな!!」

「あの店主。。。このタコというのですか? 生きているのですが!?」

「はい タコの踊り食いと申します この時期にしか食べられないので是非どうぞ」
手早く(たらい)からタコを取り出し、塩をまぶしゴシゴシとぬめりを落とす
ざっと水で塩を洗い流すと、出刃包丁で足を食べやすい大きさに切っていく
ウネウネと(うごめく)く足を箸で持ち上げ 生姜をおろしたごま油に付け、口に運ぶ

「「「うっっまーーーー」」」

「このコリコリとした食感がたまりません〜」

「この牡蠣というものも癖になる味わいです!!」

「ここに住みたいくらいですな!!」
さらに積み上がっていく皿に、昼時で混み合ってきた店内の客の視線が釘付けになる
それも当然であろう 直視するのも躊躇うほどに美しい巫女が、屈強な侍よりも皿を重ねていくのだから。。。

「混み合ってきたようですので、そろそろお暇致します」

「左様でございますか、こちらは道中でお召し上がりください」吉備団子の包みを手渡される

「これでは、頂きすぎですね」積み上がった皿に目をやる

「とんでもございません、あの時に助けていただけねば、今こうして店を開けることも出来ませんでした」
店の隅を指差し「あそこでしたら邪魔になりませんね?」

「は? はい、何でございましょう!?」

「勝さん あそこに冷蔵庫を作ります 何か適当な木箱を作って下さい」

「はい ただいま!!」 脱兎の如く駆け出した 本多忠勝が朽ちた牛車の荷台だった木枠を
持って戻る それを金槌とノコギリを借り 底板を外し適当な大きさに補修し扉を付ける

「店主 貴方の商いに役に立つものです」そう言うと、人が一人すっぽりと収まりそうな木箱に手を翳し 
石化の魔法で木箱が石箱へと変わる 扉を開け上部に殺生石を嵌め込み
永久凍土の魔法を込める たちまち冷却される石箱内
「この中に食材を入れると、長持ちしますよ」

「えっ!? これは?? 中が冷たい!?このような物を、本当に頂いても宜しいのでしょうか!?」

「永久とは、いきませんが。。。400年お玉様を封じていたのですから、それくらいでしょうか?」

「有り難く使わせて頂きます これがあれば、鮮度を落とさずに料理を提供できます
また帰路にお立ち寄りください」


山陽道を歩き出す3人
「あの程度の人助けで、あのようなご馳走をいただけるとは、心苦しいですね」

「まさに海老で鯛を釣るですな はっはっは」

「うっま!?」「吉備団子うっまー!?」「あの店主、鳴海城で働いてくれませんかね〜」

3人の道中は、まだまだ続く。。。



備前から備中に入る、西国街道の関所
「播磨の関より報せのあった巫女と武士2名が、間もなくやって参ります」

「皆の者、粗相のないようにな! お茶と菓子も用意しておけ 征夷大将軍の顧問で正親町天皇の命の恩人ということだからな!!」
土砂降りの雨の中、傘を持った役人が迎えに走る 山本菅助が懐より出した印籠にざわめきが起こり
その場に居た職員だけでなく街道を行く者までが平伏す

「恐れ入ります どちらまで行かれるのでしょうか?」

「長門国までですが。。。?」

「この雨は、しばらく止みそうもありません 休まれていかれては、如何でしょうか?」

「ありがとうございます ですが先を急ぎますので」
早馬が放たれ、道中の各関所、領主にくれぐれも粗相のないようにとの伝言が託される
その早馬は、各関所で乗り換えられ毛利輝元の居城、吉田郡山城まで直走る


「悪者を平伏させたいのですけどね〜」頬を膨らませる エヴァ

「こうなっては、待てば海路の日和ありですな! はっはっは」

「勝さん、間違えてはいませんが。。。天女様がさらに頬を膨らませていますよ」


海沿いの街道を走る、早馬の後ろをぴったりと歩いて付いてくる3人
理解の出来ない状況に、混乱する関所の番士·桃田太郎

「いやいや、おかしいだろう!? 土砂降りとはいえ、精一杯早く駆けているのに?」
あまりの豪雨に前方の視界が効かぬ中 どっどっどっどっどっどっどっど!!!!!
という爆音に右手の崖を見上げる 「崖崩れだ! 逃げろ!!」雨音にかき消される
一瞬の出来事だった 右手の崖が崩れ落ち街道が塞がれ 海にまで岩が転がり落ちている
馬より飛び降り 土砂の手前で倒れている飛脚と思われる男に近づく 

「しっかりしろ!!」頭から血を流し、意識が混沌としているようだ

「“癒やしたまえ”」その声に振り向くと 緋袴姿の天女と呼ばれる巫女が独鈷杵を掲げ
緑色の光に包まれている すると腕の中の男が目を覚ます

「土砂を退かしますので、私の後ろまで下がって頂けますか」土砂降りで周囲の音が、
かき消される中 はっきりと聞こえる天女の声 慌てて天女の後ろまで下がる
天女を包む、緑色の光が輝きを増し 上空より3本の竜巻が現れ、円を描くように街道を乱れ走り
どさっどさっと土砂を海に落としていく
瞬く間に街道の土砂が取り払われ、右手の崩れかけた崖に両手の平を向ける 天女
すると、押し流され傾いた木々が、引き抜かれた根をくねくねとくゆらせ 地面へと潜り込み、傾いた木々が生気を取り戻したように天に向け直立していく

「これで大丈夫でしょう」そう言うと、何事も無かった様にすたすたと歩き出す 3人

「あの!!」 思わず声を掛けてしまった桃田太郎

「なんでしょう?」子供のような笑顔を向けてくれる 天女様

「あの。。。ありがとうございました」他に言葉が思いつかなかった

「この天候です道中気をつけて下さいね」お優しい!優しすぎる!!この方は真に天女様だ

「はい 先を急ぎますので 失礼いたします」深く頭を下げ、馬に飛び乗る


陽も落ちかけた頃、ようやく備後の関に飛び込む 桃田太郎

「間もなく、巫女姿の天女様と伴の者2名がいらっしゃる 粗相の無いように、いや最高のおもてなしを!」

「桃田殿すぐそこの角を曲がってくる3人か?」振り向くと確かに天女様一行である

「早すぎる! 犬飼殿 急いで安芸の関に走り、街道の土砂崩れから我が領土の民を救って頂き
土砂まで撤去して下さった事を伝え 最高のおもてなしでお迎えせよと伝えるのだ」

相変わらず強い雨が降り続く夜道を慎重に駆ける 犬飼次郎

ようやく雨も上がり雲の切れ間から、陽が登りかけた頃 一休みしようと馬から降り路端の石に腰を下ろす
ふと左手に目をやると、薄闇の中というのに鮮やかな緋袴が目に飛び込む

「なんの冗談じゃ! 夜通し駆け続けたのに、なぜ徒歩の3人があそこに居るのじゃ!?」
慌てて馬に飛び乗り駆け出す 犬飼次郎

この時期にしては、珍しく荒れた瀬戸内の海に目をやると、沖に300mほどの距離に座礁したのか傾き
今にも転覆しそうな大型の漁船が見え船上では、5人の漁師が手を振っている

「これはまずい!!しかしこの波では、助けに行ける船も出せんじゃろう!?」
馬から飛び降り、浜に向かい駆ける 犬飼次郎
すると犬飼の遥か頭上を矢尻に縄を結いた矢が一直線に漁船に向かい飛んでいく
振り返ると、大柄な方の武士が放ち終えた弓を片手に矢の軌道を目で追っている

ー『あんなに太い縄を着けて、船まで届くはずがなかろう。。。?』ー
100mなおも上昇する矢 200mゆっくりと下降を始め船に向かう 
300m船首に突き立つ矢 「馬鹿な!!!」思わず口に出し叫ぶ
縄を船首に結び付けるのを確認すると、2人の武士が縄を引いていく
砂に足を取られながら 手を貸そうと駆け付けるが、漁師5人の乗った大型の船を軽々と浜に引き揚げる2人 浜に降り立つ5人の漁師 「ありがとうございました!」「1人、座礁した衝撃で海に放り出されちまった!」「この波だ、助からねえ。。。諦めるよりねえ」
走りながら着物を脱ぐと海に飛び込む、巫女と2人の侍

「無理だ!! 見つかりっこねえ 危ねえから戻ってこい!!」
見る間に沖に向かい見えなくなる 5分。。。。10分。。。。15分。。。。

「偉い事になった あの方達は、朝廷の使者だぞ なぜ見知らぬ漁師のために。。。」
荒れた波間に人の頭が見え隠れする 「おおおおぉぉぉ 火を熾せ!!」 「助かった!?」

「少し水を飲んでいたようですが、もう大丈夫です」
下着にさらしを胸に巻いただけの天女様が、青白い顔の漁師の額に手をやると、頬に赤みが戻る
濡れた緋袴を纏うと 何事も無かったかのように街道へと戻ろうと足を踏み出す

「では、先を急ぎますので」 「お待ちください!!本当にありがとうございました」
土下座して頭を砂にめり込ませる6人の漁師 「美味しい魚を取ってくださいね」

「あの船底に採れたての蛸がいるのですが、召し上がって頂けませんか!?」
5つほどの蛸壺をぶら下げている漁師が引き留める 

「急ぐ旅でもありませんし、お言葉に甘えて頂きましょうか ふっふっふ」
鼻血を大量に流しながら、うんうんと頷く 本多忠勝

ー『偉いものを見てしまった 今のうちに安芸まで急ごう!!』ー



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