第11話 それぞれの浜松城

文字数 3,572文字

「もし首を落とされていたら 死に戻れなかったそうじゃ」

「ルイ殿にも感謝せねばなりませぬな、此度の戦で大勢の兵を失いました 
しかしそれは、戦という(ことわり)の中での事
我等 敗軍であるに関わらず、失った以上の命を救って頂いた上に 忠勝を死に戻して頂き 
私は、この恩にどのように報いれば良いのでしょう?」

「天女殿は、なんの報酬も求めては来んな あのお方の望みは、出来うる限り
血を流さずに、この国を平定することじゃ」

「信玄公 貴方の望みは?」

「わしか 言うまでもない 天女殿の望みを叶える事と幕府を再興することじゃ それに助力すると申すなら
わしは徳川の盾となる、反目するというのなら 槍にもなるぞ」
豪快に笑う信玄

「この徳川家康 生涯 信玄公の意に背くことはないと誓いまする 東国に幕府を興す 源氏の復権にお役に立てれば、思い残す事もございません」改めて 深々と頭を垂れる

「それにしても 世にも恐ろしいものを見たものよのう死に戻りか。。。決して他言できぬというのが
口惜しいのう 皆に聞かせてやりたいが、天女殿にきつく口止めをされておるからの」

「禁忌の術なのですから、当然で御座いましょう 自然の摂理に反し過ぎておりますゆえ」
信玄と家康 二人の脳裏には、つい先程この部屋で起きた奇跡が、もう幾度も蘇っている

長い長い 呪文を天女が唱え 土色だった本多忠勝の頬に
少しづつ赤みがさし 突っ伏したまま動かぬ天女の下で
突然 思い出したように呼吸を始める忠勝。。。
部屋にいた大の男4人が流れる涙を拭うことも忘れ、ルイの手で運び出される天女を、まんじりともせず
ただ見送ることしかできずにいた

二人の間に横たわる本多忠勝 この国の歴史上、初めて死に戻った男に真実が明かされることはない
未だ目覚める様子のない 忠勝を挟み 源氏の子孫2人の

会談は続く 

「東国に幕府を興すとなりますと 将軍義昭公は、どうなりましょう?」

「領土も兵も持たぬ 信長の傀儡であるからな 居ないほうがましであろう? 今更 信長に反旗を翻したところで自分では何もできずに、主だった武将に信長を討伐せよと文を書くだけじゃ。。。
出来るだけ穏便に隠居して頂きたいものよのう」

「信長包囲網は無視されるということでしょうか?」

「いや 義昭公の為でなく浅井、朝倉の為に動く おそらくは、信長に勝てぬであろう。。。
年が明けたら挟撃じゃな」

「この私に、時を頂けませんでしょうか? 尾張へと赴き、信長公に降るよう説得したいと思います」

「お主には、遠見、三河の地盤を固めてもらいたいと考えているのじゃが。。。」

「三河の松平をはじめ、信玄公に与する事に異を唱える者は居りませぬ 天女様の望まれる 
血を流さない平定の為にも 何卒」

「命がけの仕事になるぞ?」

「もとより覚悟の上で御座います」家康の表情が引き締まる

「来年1月の末まで待つ 良い知らせを待っているぞ」

「必ずや 良い報せを持ってまいります」


この国の未来を左右する軍議が開かれていた頃 
ようやくエヴァが意識を取り戻していた

死に戻りの魔法により 己の魔力を枯渇させ、さらに己の身体を媒介にして、この土地周辺の魔素を取り込み魔力へと変換したため 通常の魔力切れの 数倍の負荷を魔力回路に負わせていた
意識はあるが、身体を動かすことは出来ない

ここまでして、会ったこともない本多忠勝なる魂を蘇生させたのは、全ては武田信玄を、この国の頂点へと押し上げ、自分とルイの身の安全、安心を保証させるためである
かなり過剰に天女演出をして見せてきたのも  恩を売るため 自分たちの価値を印象づけるためである

ー『私は、なんてできる女なのでしょう? それにしてもしんどい。。。お腹空いた。。。ほうとうが食べたい』ー

「お? 気がついたのか?」ルイが顔を覗き込んでくる

「そうか。。。返事も出来ないのか じゃあ瞬きで はい!なら1回 いいえ!なら2回瞬きな」

パチッ 

「お腹空いた?」パチッ  「食べれるのか?」パチッパチッ

「そうか〜食べれないのか。。。饅頭あるけど ガッハッハッハ」

物凄く嬉しそうに饅頭を頬張り 大口を開けて笑うルイ
部屋を追い出された恨みを、ここぞとばかりに晴らす

「おっぱい 触ってもいい??」パチッパチッパチッパチッパチッパチッ

「ガッハッハ ヒィッヒィッ ガッハッハッハッハッハ ヒィーーお腹が痛い!!」
息をすることも忘れ 笑い転げるルイ

『3日後 殺す!!』心に誓うエヴァであった


死に戻りの儀から一夜明けた浜松城内
半身を起こせるようになったエヴァは、朝からほうとうを平らげ
真田昌幸との勉強会に没頭している

「つまりお館様の当面の敵は、尾張の織田信長 越後の上杉謙信ということですね?」

「天女様のおかげで、徳川殿が味方に付きましたので このまま三河を抜け 美濃、尾張に侵攻だと皆は
思っております」

「越後の上杉は、お館様の手引による一向一揆衆に手を焼いてしばらくは、動けないと。。。」


おおおおぉぉぉっ!!!!!! うおぉぉぉぉぉぉっ〜〜〜!!!!!!!

すると突然 この本丸の裏手 天守曲輪の中庭より歓声が上がる

「何事でしょう? ちょっと見てまいります」腰を上げようとする昌幸をエヴァが制する

「必要ありませんよ 本多忠勝殿が目覚めたようです」


天守曲輪の中庭には、入城を許された 酒井忠次、内藤信成等 主だった家臣団が集まっていた
そこに真田幸隆を伴った徳川家康が現れる
片膝をつき頭を垂れる一団 それを凝視し泣き顔とも笑い顔とも見える表情を引き締め

「忠勝の意識が戻った!!」吠える 家康

おおおおぉぉぉっ!!!!!! うおぉ〜〜〜!!!!!!

   おおおおぉぉぉっ!!!!!! うおぉ〜〜〜!!!!!!

酒井忠次が家康のもとに歩み寄り 歓声を鎮める

「殿も ご無事で何よりでございます」

「うむ お主らもな」家康のねぎらいに 頭を垂れたまま黙って次の言葉を待つ

「忠勝は、わしを守るために〚龍神殺しのルイ〛殿と一騎打ちのすえ敗れ 重傷を負っておったが
天女様の奇跡の術のおかげで救われた 暫くは静養が必要だが安心するが良いぞ」
本人の知らぬところで〚天女の付き人〛から〚龍神殺し〛に昇格するルイ


「本多忠勝は、ルイ殿に敗れて亡くなったと聞いておりましたが?」エヴァに真田昌幸が聞いてくる

「幸いにも心の臓を、僅かに外れていましたので なんとか一命を取り留める事が出来ました 
おかげでこの有様なのですが」

「と言われますのは、本多忠勝の治療にお力を使い過ぎたために床に臥せていると?」
眉を寄せながら視線を落とす

「恥ずかしながら そう言うことになりますね」

「天女様! あまり無理はなさらないようにお願いします その。。。天女様の奇跡の術を、我々常人が修徳することは、叶わぬのでしょうか?」必死の形相で訴え聞いてくる

「努力と才能なのですが。。。残念ながら 子供の時分から 鍛錬を積むことが必要なのです」
事実 エヴァとルイが育った孤児院では、独り立ちをしたときに困らぬよう
幼い時から魔法の英才教育を施していた 

「私には、幸村という5歳になる息子が居ります 是非とも天女様にお導き頂くことは、叶いませんでしょうか?」

ー『この国の方は、額を畳に擦るつけることが好きなのですね。。。』ー
などと考えながら昌幸を見る

「幸隆殿の孫で、昌幸殿の息子ですか 見込みがあるかも知れませんね」
微笑みながら答える まさに天女の笑みで見るものすべての心を射抜く 一瞬呆ける昌幸

「はっ はい有り難きお言葉 是非とも一度お目通しを」

    〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「おおぉぉっ!!」 「それで!!どうなったのじゃ!?」 

今度は、すぐ前の本丸の中庭よりどよめきと歓声が聞えてくる
龍神殺しの噂を聞きつけ 皆がルイを囲み武勇伝を聞きに集まっていた

どこから用意したのか木箱の上に乗り 鼻を膨らませながら
得意気に水龍神リヴァイアサンとの死闘を語るルイ

死に戻りの事は、秘密にするよう念を押しているので大丈夫だと思うが 少々不安になるエヴァ

「そりゃ〜大きいぞ この本丸よりもでかい 馬でも一飲みだ」

「おぉっ それはすごいのう どのように水中の龍神様と戦うのじゃ?」

「それはな、天女様に護符を頂くんだ 水の上も歩けるし 少しの時間なら水中も自由に動けるぞ」

「おぉっ 天女様に! それは大したものじゃ!!」
武勇伝は続く


「ルイ殿も、すっかり溶け込んでおりますな」楽しそうに笑う 昌幸

「調子に乗りすぎなければ良いのですが」苦笑いのエヴァ

「天女様が、この部屋に運び込まれてから 気が付かれるまで、片時も離れず診ていられました 
慕われておいでですね」

「そうですね 弟のようなものであり 唯一の家族ですから」

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