第85話 春日山城

文字数 4,676文字

「上杉謙信殿は、まだ目覚められませんか?」

「よほど、お疲れなのでしょう ぐっすりと眠っているようです」
忠勝の抱えた包に目をやる エヴァ

「めし屋を見つけまして、握り飯と焼き魚を包んでもらいました 先に頂きましょう」
そう言い、お茶の入った竹筒の水筒を1つ手渡す 忠勝

「ありがとうございます では、いただきましょう」
包みを広げ、握り飯を頬張る

「なるほど 日の本一の米どころと言われるだけの事はありますな! 上手いです!!」

「本当に美味しいですね〜 この国の米は、どこも美味しいですが 越後は、格別です」
空いている左手で、もう一つ握り飯を掴み口へと運ぶ エヴァ

「天女様。。。拙者と2人しか居りません、慌てなくても誰も取りませんよ?
その両手で食べ物を持つのは。。。如何なものかと?」

「あら? 本当ですね 意識していないのですけど おそらく孤児院時代の癖でしょうか? 
美味しいものは、あっという間に無くなってしまいますので ふふふっ」
両手の握り飯を見つめ 可笑しそうに笑う エヴァ

「拙者には、可愛らしくて好ましいのですが 他の者が居る前では、控えたほうが宜しいですね」

「はい 気を付けます」
穏やかな時間が、2人の間を流れる。。。

「思えば2人だけで、このようにゆっくりと過ごすのも初めてかもしれませんね」
腹も満たされ、お互いの肩に寄りかかりながら 夫婦岩の上に浮かぶ月を眺める

「はい 天女様とこのような時を過ごせるとは。。。夢のようです」

「あの。。。天女様と言うのは、辞めていただけますか?」

「では、なんとお呼びすれば良いのでしょう!?」少し慌てる 本多忠勝

「それは、自分で考えて下さい! あと過ぎた敬語も必要ありません!」

「自分で考えろと言われましても。。。。? 今更、ルイ達のようにエヴァは無理そうですし
本名がエヴェリンでしたから。。。」
真剣に頭を抱え悩みこむ 忠勝

「どうやら、起きられたようです 奥に参りましょうか」


「起きられましたか?」

「ああ 思いのほか、長く眠ってしまったようだ すまないな、ずっとここに居てくれたのか?」
半身を起こし、羽織を丁寧にたたみ忠勝に返す

「無理もありません 人の身でありながら、あの魔獣に抗い続けただけでも驚くべき精神力をお持ちかと
とある鬼神でさえ一瞬とはいえ憑依されたのですから」
エヴァが労うように、竹筒のお茶を手渡す

「毘沙門天の加護のおかげじゃ あれは、魔獣という者なのか?」

「詳しい事は、順を追ってお話しします その前に握り飯などいかがですか?
越後の米は日の本一だと聞いておりましたが、確かに美味しいですね」

「そうであろう 清らかな水と豊穣な大地に厳しい気候の賜物だ、では1つ頂くか」
ゆっくりと味わうように、少しずつ口へと運ぶ 上杉謙信

「ここは、客人を(もてな)すには、不向きなようじゃな 春日山城へ行こうと思うが?」

「はい 魔獣でしたら、この地より去りました 春日山城の居室にも念の為に結界を施そうかと思います」

「“時空を超えた者”か、そなたが居たから武田信玄も、この国を統べる事が出来ると確信したのだろうな」
立ち上がり、毘沙門天像に手を合わせ歩きだす 上杉謙信


春日山城の東城砦から御館城に入り、腰を落ち着ける3人
「わしは一杯やるが、その方らもどうじゃ?」
女中に酒と梅干しを用意させる

「私は、固く禁じられておりますが 忠勝殿は、頂いたらどうですか?」
そう言いながら、梅干しに手を伸ばす エヴァ

「では、お言葉に甘えまして、実は越後の酒を楽しみにしておりました」
隣でゴクリッと喉を鳴らす エヴァ

「わしは、この越後の酒と紀州の梅干しに目が無くてな」

「謙信殿は、塩分の摂り過ぎで血の道が悲鳴をあげておりますよ ご自愛ください」
そう言いながら、居室に結界魔法を、上杉謙信に治癒魔法を施す エヴァ

「そういう物なのか、気を付けねばならんな  さて では、聞かせてもらおうか」
黙ってエヴァの話に耳を傾けながら、杯を重ねる 上杉謙信と本多忠勝
自分達が、この世界に来てからの出来事を淡々と語りだす エヴァ

昨年の暮に、三方ヶ原の戦の後に武田·徳川が和議を結んだ事
武田と織田の争いを避けようと、今年の正月に織田信長に上申した徳川家康が織田信長の手により他界した事

武田·徳川·浅井·朝倉·北条の連合軍と織田軍が関ケ原で戦となるが、本格的に開戦となる前に火竜が乱入し
それを撃退するも多大な犠牲者を出し 織田信長が実質的に連合軍に降った事

その際、織田信長が所持していたマントに怨霊が込められており、織田信長自身が、その怨霊にこの国の覇権を掌握するように操られていたと思われ、その怨霊が火竜に憑依し、身籠っていた火竜が怨霊の影響なのか、霧の魔獣であるネボアを産み そのネボアが上杉謙信を狙っていたと思われる事
その他に火竜の上位種と思われる個体も2匹が産まれている事

それから数日後、火竜が京を強襲し、将軍·足利義昭公 本能寺に駐留していた織田信長をはじめ織田の重臣たち、さらに京の民が数万人も犠牲になり、同日に岐阜城も全焼し、生存者がほぼ皆無であった事

織田の生き残りとしては、嫡男·織田信忠、重臣では羽柴秀吉·秀長兄弟、前田利家等を武田で保護している事

この緊急事態を受け、正親町天皇は、浅井長政を京都守護に武田信玄を征夷大将軍に任命した事
それを受け 北は、最上·伊達 南は島津·毛利と全国の諸大名が征夷大将軍·武田信玄に従う意思を表明している事を掻い摘んではいるが、伝えねばならぬ事を時系列に沿って説明していった 時刻は、すでに深夜となり 上杉謙信が口を開くのを待つ

「にわかには、信じがたい事だが。。。毘沙門天の導きにより姿を見せた、そなたが言うのであれば 
全てが真実なのであろう
つまりは、武田信玄が征夷大将軍となり、この国を平定する事に異を唱える者は、居ないということだな?」

「ほとんどの諸大名が、戦を望んでおらず 武田信玄公であれば、戦のない世を作れるとみんなが思っているのだと思います」

「天が。。。いや、そなたがわしでもなく、毛利でも北条でもなく武田信玄を選んだということであろう?
興味本位で聞くのだが、そなたと本多忠勝殿で、この春日山城に居る2千の兵と戦っても負けるとは思っていないのであろう?」

「戦う理由もありませんが。。。忠勝殿は、どう思いますか?」

「我ら2人共が、傷1つ負わずに2時間もあれば、殲滅できるでしょう」
申し訳なさそうに上杉謙信の目を見ながら答える 本多忠勝

「“時空を超えた者”の力とは、それほどの物なのか。。。」

「武田信玄が、この国を平定できると言うのであれば 問題は、火竜とネボアなる魔獣と言うことだな?」

「火竜の巣立ちまでは、半年と言われているそうです 来月か再来月には成竜になると思われます 現在は、御嶽山の火口深くに住み着いており、手を出せないのが現状です」

「その火竜共には、人間の兵では、役に立たぬのであろう? そなたらの他には火竜と戦える仲間は居るのか?」

「はい 大勢居ます 人間にも人外にも火竜を倒すために集まってくれる者達が」

「それは頼もしいな 我らは戦いでは、役に立たぬのかもしれんが それ以外で手伝える事があれば、何でも言ってくれ」

「それは、武田信玄公の統治に協力をして頂けるという事ですね!?」
上杉謙信に詰め寄る エヴァ

「戦のない世というのは、少し寂しい気もするがな。。。あやつとは、もう一度戦いたかったが
もうそういう世の中では、無いという事であろう、火竜を退治した後には、家督を景勝に譲り引退をしよう」
本当に寂しそうに目を伏せる 上杉謙信

「そのように武田信玄公には、お伝えしておきます」

「ところで、今のこの国で最も兵を動かせるのは、誰だと思う?」

「この国で、最も兵を動かせるのは。。。ですか?
それは、やはり武田家ではないでしょうか? 信玄公の一声で徳川も動きましょう」
本多忠勝が少し考えて答える

「当主のみという問いだが、まぁ良かろう 武田·徳川で10万といったところか?
毛利にしても北条にしても、わしでも5万から10万が精一杯だろう
しかしな、本願寺·顕如なら一声で20万は動かせるぞ しかも絶対に裏切らない死をも
恐れぬ兵をな」

「あっ!? もしもネボアに私達が思っている以上の知能があったとしたら 今回の上杉殿を狙ったように
各大名、顕如殿をも標的にする可能性があるという事になりますね
将軍·武田信玄公には、対策をして来ましたが」
顎に手をやり、なにやら思案する エヴァ

「先ほどの話では、未だ成長途上と言う事であれば、そこまで考えて対策を立てたほうが良いかもしれぬな」

「そうですね、対策を考えてみたいと思います 念の為に、ここ御館城には、結界を張っておきます 
それと外出をする際には、これを身に着けて下さい」
殺生石に結界魔法を込めた首飾りを上杉謙信に手渡す
「これは?」 
首飾りを受け取り、不思議そうに眺める 上杉謙信

「この首飾りを中心に2m程ですが、精神や状態異常などの攻撃を通さない結界を張ってあります 
過信は禁物ですが 気休め程度にはなるかと」

「そのような事も出来るのか、この部屋に結界を張られたときに、わしにもなにやら施してくれたようじゃな とても暖かく身体の芯にあったしこりの様な物が消え去った心持ちじゃが、そこまでわしの体は、蝕まれていたのか?」

「気が付かれていたのですか? 治癒魔法を施しました 血管が随分と劣化していましたので。。。
今のままでは、3年と保たなかったかと思います 勝手な事をしました」
軽く頭を下げる エヴァ

「それほどにか。。。いや、感謝するぞ 天女殿、武田信玄の作る この国の行く末を
もう少し見てみたいからな ハッハッハ」 心の底から可笑しそうに笑う 上杉謙信

「御館様は、常々100歳まで生きると仰っています まだまだ長生きをせねばなりませぬな」

「それならば、わしも100まで生きよう 若いわしのほうが信玄の死に目を見れるな」
愉快そうに杯を重ねる 忠勝と上杉謙信

「さて 色々と聞かせてもらい 自分なりに整理せねばならんな、休ませてもらおうと思うが 
そなたらは、同じ部屋で良いのだな?」

「「えっと。。。」」 顔を赤らめ、うつむく2人に意地悪そうな笑みを浮かべる 謙信

「ふむ 若いというのは、良いものだな 部屋まで案内させよう」

「「恐れ入ります」」


燭台の明かりが灯った部屋で、枕を並べる
「お館様の話を聞いていただけで、上杉謙信という御仁は、もっとこう気難しい方を想像していましたが
話のわかる気持ちの良い御仁ですな」
ほろ酔いの忠勝が、上杉謙信を気に入ったようで褒め始める

「そうですね、どこかお館様に似ていますね、地位に溺れず若い人の話も真摯に聞いてくれる良い領主ですね 戦が好きな所も似ているようですし」

「なるほど。。。それは見習わねばなりませんな 実は、真田幸隆殿に城を任せたいと
言われたのですが。。。拙者には、家臣も居りませんし、どうすればよいのでしょう?」
天井を見つめながら、ぼそりっと呟く

「役が人を育てるとも言います それに貴方が、領土を持つとなれば助けてくれる人は
沢山おられると思いますよ。。。お受けになったらいかがですか? 旦那様」

「て。。。てんにょほらにゃら ごほんっ! 本当にそう思われますか?」

「まだ 呼び方を決めていないのですか!?」

「はい。。。。検討中です」

「もういいです! 明日の早くにここを出ますよ おやすみなさい」
尻に敷かれることは、確定している 本多忠勝であった。。。


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