第117話 満腹丸の大冒険

文字数 3,296文字

玉龍の光も収まり、いつの間にかエヴァの耳も尻尾も消えている 
幻でも見ていたのかと全員が、自分の目を疑っていると 興奮から冷めたエヴァが
へたり込んでいる信忠に手を差し出す
「大丈夫ですか? 楽しかったですね」 子供のような笑顔を信忠に向ける

「いえ。。。恐ろしかったです。。。この世の者と戦っているとは、とても思えませんでした。。。」
顔面を蒼白にして答える 織田信忠

「ルイやアランやブルートは、私よりもっと強いのですよ? 私が最弱です」

『『『『『『『『『『『そんなわけが無いだろう!!!!』』』』』』』』』』』
全員が、心の中で一斉にツッコむ

「では、ブルートも言っていたように信忠君と直政君は合格という事にします
火竜との決戦がいつになるかは、まだわかりませんが 竜の息吹に耐えられるくらい
防御力を高めておいてください 直政君は時間停止や遅延を攻撃にでは無く 回避に
使って欲しいと思います 攻撃には、また別の方法を考えましょう アランもそれで良いですね?」

「ああ。。。」

「「ありがとうございます!! 必ずお役に立ちます!!」」

「氏直君に満腹丸君は、保留ですね いっそうの精進に期待します」

「「はい!頑張ります!!」」
それぞれの課題を見つけ、修練へと散っていく子供達 満腹丸はただ一人 昆虫採集の為に階段を駆け上がっていった


「それにしても、その薙刀。。。玉龍といったか? まるで生きているようだな」

「青龍とお玉様が側にいてくれるような、安心感がありました 玉龍が身体の一部に
なったような 武器を振るう事が、こんなに楽しいと思ったのは、初めてです」

「エヴァ。。。狐のような耳や尻尾が生えた事に気づいていなかったのか?」
自分のお尻を触る エヴァ

「はっ!? 何を馬鹿な冗談を言っているのですか? ブルートらしくもない!」

「いや。。。エヴァ。。。本当だぞ。。。」

「アランまで!いい加減にして下さい!!」



この苦しみ、この痛みが永遠に続くのならば、自分の生を手放したいと何度も考える
しかし。。。あの人の笑顔をもう一度だけでも見るまでは、死ぬわけにはいかない
愛しい我が妻の、白く細い指に触れるまでは、長くしなやかな黒い髪の匂いに
抱きしめれば壊れそうな弱々しい肩に、淡く透き通り真珠のような、その肌に
戦う以外、なんの取り柄もない俺を待ってくれている人が居る 帰らねば!

手の指先、足の爪先から始まった 細胞がひっくり返るような痛みは、この地獄のほんの序章でしかなかった 今になり思い返せば 笑って耐えられるほどの痛み
手の指先から始まった痛みは、肩口で止まり 足の爪先から始まった痛みが
腰にまで達し、今もゆっくりと上がって来ている 自分の生殖器の細胞が、ひっくり返るような痛み 
噛み締めた奥歯が粉々に割れた。。。 筆舌に尽くし難い痛みもようやく通り過ぎ
今は、はらわたを荒縄を巻いた手で握りつぶされるような 毒手で捏ね回されるような
永遠とも思える 痛みにただ耐える ひたすらに耐える なんの抗う術も持たぬのだから 
大海原を小さな筏で漂流する 手も足も動かす事も叶わず 
自分の身体を見下ろす事さえ出来ずに、ただ一点。。。空だけを睨む
自分に出来る事は、ひたすらに痛みに耐えるか、舌を噛み切り、死を選ぶ事のみ

通り過ぎる雲を眺める あの雲は、黒髪をなびかせた天女様の横顔によく似ている
あっちに見える雲は、小振りではあるが、まさに雲のようにシミ一つ無い天女様の双丘に見える 
ちょっと待てよ? この痛みが、心の臓まで上がってきた時に俺は、耐える事が出来るのだろうか? 
ああ! あの雲は、天女様のしなやかな腰のクビレから、尻にかけての。。。
絶対に耐えて帰らねば! 帰って本物の天女様にあんな事やこんな事を!!


岐阜城下を抜け、長良川に向かい 街道ではなく、金華山の獣道を北に向かう 満腹丸
エヴァに言われたように昆虫の生態を観察するために手作りの虫取り網と虫籠を下げ
鬱蒼と茂った 下生えを掻き分けながら進む
目の前を滑空する 大きな蜻蛉に人差し指を立てる
「こっちにおいで」
満腹丸の目前を通過した蜻蛉が旋回すると、なんの躊躇いも見せず 人差し指に泊まる

「お前は、強いのかい? なにができるんだい?」
鼻息が掛かるほどの距離まで顔を近づけ、観察するが 蜻蛉は逃げる素振りも見せない

「うん!?お前は、オニヤンマと言うのか 黒と黄色の模様が、虎みたいで強そうだな! なになに? 
(はね)は、4枚あって仮に欠損しても、左右に1枚ずつ残っていれば飛ぶことができるのか 
6本の脚を檻のような形状に折り獲物を捕らえる 肉食で蚊や蝿を捕食する、人にとっては益虫である 
なるほど鋭くて大きな歯を持っているものな
滞空も出来て、空を自由自在に飛び回ると 特筆すべきは、複眼による視界の広さで
左右の目が、頭頂で接しており 270度の視野の広さを持つ」
対象となる生物を一定時間、観察することにより、ビシューのスキルでその生態が満腹丸の頭に自然に流れ込み 従属、変幻が可能であるか 判定される
「従属も変幻も可能だって、偵察任務に持ってこいの能力だな! 仲良くしような!!」

その後も、岐阜城から北上を続け 
途中、糸で強靭な網を張る女郎蜘蛛や、鋭く大きな鎌を持つ大蟷螂
巨大な体躯と猛毒を持つ大雀蜂、威風堂々 昆虫の王様といった風格のカブトムシ
強大な顎を持つオオクワガタ 姿だけでなく匂いまでも擬態する尺取虫
様々な、昆虫をつぶさに観察することで、従属、変幻が出来る種を増やしていく
そして、ビシューに新たなスキルが追加された 従属、変幻に続き【交雑】
つまり異系交配、掛け合わせというスキルが使用可能となった事を、満腹丸に告げた
「交雑!? 何が出来るんだろう?」
自分の中に居る、ビシューに意識を集中させ 交雑と強く念じる
従属、変幻で学習した要領なので慣れたものではあるが 異なっているのは、満腹丸の
視界の範囲にある生物が、赤く点灯する
蝶や蜜蜂、カナブンにナナフシ 視線を落とすと地面を這うミミズや蟻
そして視線を上げると、空を飛ぶ雀にトンビなど様々な生物が赤く光っている
「掛け合わせると言うんだから この中から、選ぶという事か?」
蝶に意識を向ける 赤く光っていた蝶がパチンッとスイッチが切り替わったように
青い光を発し始める
同じように、今度は蟻に向かって意識を向けてみると青い光に包まれ
2つの青い光が、満腹丸の目の前で絡み合い、融合されていく
時間の設定を念じ、魔力を与えよという指示が頭の中に響き 目の前の青い光に
手を翳し、言われるままに1分間と念じながら 自分の魔力を注いでみる
一瞬更に強く光ったかと思うと、徐々に光が霧散していき、満腹丸の手の平には
手の平から、はみ出す程の大きさの蝶の羽根を付けた巨大な蟻が、満腹丸の目を
覗き込んでいた
「凄い!2種類の生物をくっつける事が出来るんだ!!言う事を聞いてくれるのかな?
飛んでみて!」
ゆっくりと蝶の羽根を羽ばたかせ、満腹丸の頭上を旋回し、しばらく飛び回ったあと
地上に降り、元の蟻と蝶に分かれた

「なるほど!時間の設定というのは、交雑している時間の長さという事か。。。
与える魔力が、もっと多ければ、もっと大きくなるのかも!? 色々と試してみないといけないな 
きっと火竜との戦いに役に立つと思うぞ!!」
鬱蒼とした雑木林を抜けると古井の滝へと出る 夢中になっていて気づかなかったが
陽も傾き始めていた

「もうこんな時間か、急いで帰らなければ、みんなが心配するな」
踵を返そうとすると、足元に置いていた虫取り網を蹴り 滝壺に落としてしまう

「あっ!?考えたら、僕に虫取り網は必要ないな 虫が寄ってきてくれるんだから」
そのまま岐阜城へと向け 走り出す 満腹丸
すると満腹丸の背後で、ブクブクッと滝壺の水面が泡立ち河童が顔を出す

「おい!小僧 お前が落としたのは、この金の虫取り網か? この銀の虫取り網か?」
それに気づかず 山を登っていく 満腹丸

「お〜〜い小僧!!金の虫取り網も銀の虫取り網も両方やるから、相撲をとってくれ〜」
河童を観察できる、機会をみすみす逃した満腹丸であった



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