第41話 玉藻前

文字数 4,554文字

「奇跡だ!!」 「ありがたや〜 ありがたや〜」 「まさに天女様だ!天女様が降臨された」

平伏す者、拝む者、口を開けたまま瞬きも忘れた者。。。その者たちに手を振り 騎乗するエヴァ

私、弥次北馬右衛門 この眼で、はっきりと見ました 花を持ってきた耳の不自由な幼女を抱え上げた天女様が、その幼女の耳にそっと息を吹きかけると。。。なんと!!その幼女は、天女様の言葉を聞き取り
産まれて初めて言葉を発しました!彼女が初めて発した言葉それが「天女」だったのです!!
私 感動に打ち震えております まさに奇跡を目の当たりにしてしまいました
この感動を明日の市中全ての瓦版でお伝えしたいと思っております 


悠々と行軍の続く武田の御馬揃え 内裏の東側の馬場に進入し
左手に将軍·足利義昭の居城 二条御所を望み、そのまま進むと右手に正親町天皇が観覧している
豪華絢爛な御座所で正親町天皇のお顔を拝顔の栄に浴する事になる

武田、朝倉、浅井、織田が手を組み 強大な軍事力を幕府及び朝廷に見せつけるのに十分な成果を上げ
朝8時より始まった、京都御馬揃えは、午後3時過ぎに終わりを告げる



しばらくの後、武田信玄等の宿営地となる本能寺で遅い昼食を摂る

「なんともお上品な味付けのお料理ですね。。。」エヴァが不服そうに箸を置く

「京の料理は、五色,五法,五感,五味と言いましてな 食材の五色と煮る焼く等の五つの調理法と視覚
嗅覚等の五感と甘み苦味等の五つの味で楽しむものらしいですな」徳本先生が解説をしてくれる

「なんとも薄味で、物足りませんね。。。忠勝殿、市中に色々な屋台が出ていましたね 散策に出ませんか?」

「そ それは、2人で京を散策するということですか!?」

「ええ ルイは、散歩と言ってどこかへ行ってしまいましたし、私と出歩くのは、嫌なのですか?」

「嫌な訳などありません 天女様と都の街を歩けるなど 夢のような話でございます」
目を潤ませ感動に浸る 忠勝

「わしもご一緒しま。。。ぐふっ!」

徳本の鳩尾に手の平を当て、発剄を叩き込み黙らせる

ー『あれほど練習をしても、出来なかった発剄が、これほど容易く習得できるとは!!』ー

「では、参りましょう 銭はお持ちですね?」

「はい」懐をぽんっぽんっと叩く

広い境内を抜け 門前町へとエヴァと並び消えていく2人
本多忠勝の死ぬまでにしたかった事の一つが叶った瞬間である

      〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

昼寝をする場所を求めて、本能寺の東にある八坂神社の大杉に目を付けたルイ

「この国は、木材だけでこれほどの建造物を作るのだから、凄すぎるよな〜お雪ちゃんと来たかったな〜」
大杉の樹上の枝に身を預け 八坂神社の本堂を見下ろす ルイ

《そこの 小僧!》誰も居ないはずの樹上で念話で話しかけられ辺りを見廻す ルイ

「誰だ?」言葉に出して聞き返す

《小僧 面白い太刀を持っているね それにあんた自身も異端か?》

「姿を見せろよ ちょうど暇をしていたからな話し相手くらいにならなるぞ」

《あたしなら、さっきからここに居るよ 上だよ》
上を見上げると、頂上に近い枝に寝そべる白い毛に覆われた生き物に気付く

「犬か? 狐なのか?」
まったく重力を感じさせない動きでルイと同じ高さの枝まで降りてくる 

《その太刀は、昔に大江山で悪さをしていた鬼 酒呑童子だね 初めて見たが。。。それほどの力を持った鬼だったのかね?
うん? なるほどあんたの力に協調しているのか。。。 小僧の名は何という?》

「俺か? 俺はルイだ 狐と話したのは初めてだが、お前は何者なんだ?」

《私は、人であるときは皇后·美福門院と呼ばれていたね‘玉藻前’のほうが、通りが良いようだね》
狐面が笑った気がした

「たまものまえ。。。?」

《そうさ、玉藻前 私の正体がバレてからの通り名だね ご覧のように妖狐の化身でね、気が満ちると妖光を発することからついた通り名さ 数百年ぶりに話を出来る相手に会えて嬉しくてね、随分と昔の話になるけど聞くかい?》

「うん 俺も話しのできる人外は、久しぶりでね かなり高位の物の怪ということだろ?
ぜひ聞いてみたいな。。。。 ごめん物の怪は失礼だったか?」

《まぁ いいさね、そんな事は 400年以上も昔の話だね。。。私はね、時の最高権力者である鳥羽上皇に見初められてね 4人の子供を授かったのさ もちろん正妃では、なかった私は権力に取り憑かれた魑魅魍魎が跋扈する政界で自分の子供を、なんとか天皇にするために色々と策を練るのさ
競い合う相手は、何人も居たわけだが 当時で800歳を越える私の智謀を駆使し 何人もの政敵を蹴落とし 私と鳥羽上皇の長男である体仁親王を、この国の頂点である天皇に立てることに成功するのさ
私自身も上皇の后としては、異例中の異例ではあるけど
女の身として、この国の最高権力者·皇后にまで上り詰めるんだ 息子が天皇で私が皇后 あの瞬間、間違いなくこの国のすべてをこの手に掴んだのさ
自分でも、わかっているのだけどね 妖狐の性(さが)なのかね。。。手に入れた権力を絶対に手放したくなくてね その後も養子にした子を天皇に立てたし
裏から操れる人間を天皇にするために大きな内乱も起こしたりね
ちょっとやりすぎちまったようで、当時の陰陽師共に目を付けられちまってね。。。
長い戦いの末に、那須野で大勢の武士と陰陽師に囲まれた私は、殺生石に封印されちまったのさ》

うんうんと頷きながら聞いているルイ

「それが、どうやってここに居るんだ?」

《私にも、よくわからなかったんだけどね。。。
400年以上びくともしなかった封印が去年の暮れにいきなり(ほころ)んだんだよ 
今まで、この世界になかった力が突然この世界に流れ込んだようだね それが元々あった妖力に干渉して封印が壊れたらしい あんたのその太刀も、おそらくは同じ時期に覚醒したはずだよ
その原因が琵琶湖の底に居た‘竜’だと思っていたんだけどね。。。あんたなにか知っていそうだね?
まぁとにかく自由になれたのはいいんだが、あの竜の存在が不快で仕方ないんだよ
おそらくは、私のような霊体には我慢のならない存在なのは間違いないね 私の国をすべて蹂躙しかねない存在だってことだ》

「そうか。。。あいつは、俺たちが責任を持って始末するからもう少し我慢してくれるか?
ところで玉藻前、もう悪さはしないのだろうな?場合によっては、黙って帰らせるわけにいかないぞ」

《私の大事な人達も皆 死んじまってるしね もう悪さはしないよ。。。
影から子孫を見守ろうかと思っていたんだけどね あの竜の始末が先だね あんたのような異端も何人か居るんだろ? あの竜を討つってんなら あたしで助けになれる事が、あれば手伝うよ》

「それは頼もしいな、この【童子切安綱】のような妖力を持った武器がいるんだが知ってるか?」

《あんたらなら、使いこなせるんだろうね? もうこの国の人間に使いこなせる奴など一握りだからね宝の持ち腐れか。。。鬼を宿した太刀なら鬼丸と鬼切りだねニ振りとも東北の最上家に在るはずだよ》

「東北か。。。遥か北の地だな、行ってみるか お前は、これからどうするんだ? 良かったら一緒に来るか?」

《そうさね内裏内も結界が生きていて入れないし 竜の最後も見たいしね付いて行くよ》
そう言うとフワリッと地面に降りる 玉藻前

「おい 尻尾が3本あるぞ!?」

《そうさ妖力が溜まると九尾にまでなるんだけどね》

「連れて歩けないだろ 1本にしてついてきてくれ それと名前は、玉な」

《な!? それは猫の名前じゃろ!!》

陽の傾き始めた門前町を抜ける ルイと妖狐

「随分と長い時間 話し込んでしまったな 玉は妖狐なのに神社仏閣に入っても大丈夫なのか?」

《その玉という呼び名は、決定なのか。。。内裏のように当時の陰陽師が結界を張っている土地には、今の私では入れないね ここのように新しい寺は問題ないよ》

「なるほど、陰陽師ってのは、よほど強力な魔法の使い手だったんだな」

《魔法?あんたの力の源は魔力なのかい。。。この世界には無かった力だね、陰陽師が使うのは神通力だよ
修行によって神や仏の法術が使えるようになるらしいね》

「魔素が無かったのか? 今は、溢れているがな。。。?」

《私には、わからないけどね うん!? 随分人だかりが出来ているけど、あそこが本能寺の山門じゃあないのかい!?》

「そうだな 何かあったようだ急ごう」

大きな木台が山門の前に用意され 野菜や豆腐、米や味噌等などが山のように積まれている

エヴァの「都の美味しいものは?」発言と幼女に行使した奇跡が口伝てに伝わり、天女様を一目見ようと
人々が思い思いの物を手に集まってきたようだ

「すごい人だな」門番に話しかける ルイ

「ああ 明日には、瓦版も出回るだろうから 木台を増やさないとならないな」

《ほ~天女も居るのかい あんたの仲間には》

人垣の後方がざわっとざわつき、静かな歓声が上がる

「天女様がお通りになる、道を開けてくれ」
なにやら良い匂いのする包みを山のように抱えた 本多忠勝が
大声をあげながら人混みを掻き分ける
それに気付いた4人の門番が人垣を左右に割ろうと両手を広げ
天女のために道を作る

上機嫌のエヴァが木台に積まれた食材を見て さらに上機嫌となる

「皆さんこんばんは、私が天女です」
また静かな歓声が上がり あまりの美しさに息を呑む人々
右手に持った杖を翳し 左から右へと人々の頭を撫でるように、ゆっくりと振る

「皆さんに天女の加護を」そう言うと踵を返し 境内に向かって歩き出すエヴァ
それに遅れまいと、包みを山のように抱えた 忠勝が続く

「見ておくれ!曲がったままだった腰が!!真っ直ぐに!!」

「わしの膝の痛みも消えているぞ!!」

「婆さんや、わしの耳なんじゃが みんなの声が聞こえる!」

「ありがたや ありがたや。。。。」

感涙に咽び、手を合わせる人々 

《あんたのお仲間は、とんでもないね〜》

境内を抜け お堂の縁側に腰掛けお茶を片手に持ち帰った包みを広げる エヴァ

「ルイ あなたもこちらに来て召し上がれ このぼた餅は、絶品ですよ この羊羹なんて栗がまるまる入って もっと買えばよかったですね 上品な甘味というのは、いいものですね〜」
お茶を飲みながら、ほ~〜と溜息を漏らす エヴァ 至福の時のようだ

「そんなに食べると太るぞ」

「あらっ 素敵なお狐様を連れているのですね」

「ああ 今日知りあった 玉と呼んでくれ」

《あんた 凄い力を持っているんだね 明日には、さらに人が集まってとんでもないことになるよ》

「はじめまして、お玉様 貴方のような高位の存在にそのように言っていただき恐縮です あいにく明日にはここを発たねばなりませんので少しでも市中の皆さんのお役に立てるならと」
突然 狐に語りかける天女に心配そうに顔を覗き込む 忠勝

《お玉様かい。。。まぁいいけどね あんたらなら、あの竜を本当に退治してくれるのやも知れないね 
【鬼切、鬼丸】のニ振りと私が封印されていた【殺生石】が役に立つと思うよ》

「お玉様が言われるのでしたら 余程の力を持った物なのでしょう 詳しく教えていただけますか?」

その後 エヴァは深夜まで1時間ごとに山門へと出て、集まった人々に杖を振るうのであった
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