第119話 大沢家の秘密

文字数 1,020文字

「健次郎さん、
住民の方達も不審がっていますし、
そろそろここから、
去ったほうがよろしいかと」

父の代から秘書をしていた吉沢が、
耳打ちした。

「ん? あぁそうだな。
馬鹿と言えども、
あの中には反政府が紛れ込んでいるとも、
限らないからな」

健次郎は、
遠くから見つめる住人達を一瞥すると、
車に乗り込もうとした。

その時、

「あれは……」

一人の男の姿に顔が青ざめた。

「どうされました? 」

吉沢がドアを閉めようとして声をかけた。

あ、あれは………何でここにいる? 

「健次郎さん? 」

吉沢の声にハッとすると、

「な、何でもない」

そういって乗り込んだ。

青ざめたまま再度その方向に、
ちらりと目をやったが、
そこにはもう彼の姿はなかった。

気のせいか………
健次郎は目を閉じると、
シートにもたれかかった。



「お、親父、俺……また、やっちゃったよ」

今から半年ほど前の事だ。

特別個室の病棟で寝ていた、
大沢にかかってきた一本の電話は、
健次郎からの慌てた声だった。

「なんだ。また、暴行事件か? 」

「ち、違う。お、俺、今度は殺しちまった」

!! 」

大沢は胸を押さえてベッドにうずくまると、
息を整えた。

「お、親父? 」

「大丈夫だ。で、死体はどうした」

「く、車の中にある」

「……本橋はそこにいるのか? 
いるなら、電話を代われ」

大沢はそういうと、
事務次官の名前を挙げた。

本橋はスマートゴーグルの通信を、
切り替えると言った。

「お電話変わりました」

健次郎と年はそう変わらない四十歳前後の、
いかにも官僚とみられる男が、
電話を代わった。

「お前が付いていながら、
どうしてこんなことになった」

「申し訳ございません」

この官僚つぶしの元凶が。

本橋は内心悪態をつくと、
顔色一つ変えずに電話口で頭を下げた。

「車を回していたほんの一瞬の出来事でして」

「で、吉沢はどうした」

「本日は政府特殊災害対策の車座対話で」

「あぁ、そうだった。
その死体はどんな奴だ」

「見た所十代の少年で、
大沢先生が作られた、
階級一貫教育の島津の制服です。
チップが入っていませんので、
プラス、
あるいは3Aの可能性があります。
ただ、まだかすかに息があるようで、
助けることも可能です。
このまま放置すれば、
亡くなると思いますが」

「………」

長い沈黙の後、

「その少年の処理は吉沢に任せろ。
階級制の人間だと、
少しまずい事になるからな。
政府特殊災害対策とすれば、
問題もうやむやにできるだろう」

「分かりました」

本橋は隣で放心状態の健次郎を見ながら、

「あと一つ」

と言った。
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