第1話 魂のリサイクル

文字数 1,518文字

今日は満月か。

満月は事故や事件が多くなる。

向井涼介は月を見上げて息を吐いた。

救急車やパトカーのサイレンが聞こえる。

その音にひきつけられるように、
商店街は人の波が増えてきた。

向井はアーケードのガードパイプに腰かけ、
そんな様子を眺めていた。



時刻はまだ夜七時。

通勤通学の帰り道なので、
人通りも多い。

最近は店舗も十一時には、
閉店するところが増え、
人の多さは九時をピークに減っていく。

向井が缶コーヒーを飲み終え、
ゴミ箱に捨てたところで、
自分を呼ぶ声に振り返った。

「向井君、
こんなところで油売ってていいのか? 
通り向こうの事故。
被害がでてるから君の出番じゃないの? 」

コンビニの袋を振りながらやってきた。

「結構いましたか? 」

「ふらふらしてるのがポツポツね。
あっ、
でも路地の方はいかないほうがいいね。
牧野君には可哀想だけど、
あれはちょっと危険だな」

「まあ、事故があると集まりますからね」

「それよりさ~」

話しかけてくる田所に、
油を売ってると言ったくせにと、
向井は心の中で笑った。

「何ですか? 」

「いや実は調査室に呼ばれて、
本来なら任務終了で、
終わるはずだったんだけど、
延長しないかって言われてね」

「延長って、そんなことあるんですか? 」

向井もその言葉に驚いた。

「そうなんだよ。
特例に限り冥王の采配で、
延長できるそうなんだよね。
特例調査員が少なすぎて、
サロンの方も現場も満杯なんだとさ」

「田所さんてこの仕事何年ですか? 」

「えっと……始めたのが四十歳で、
十年分働いたんで、
本来なら俺も五十で引退なんだよね。
向井君は幾つだっけ? 」

「俺は三十歳で始まって、
この仕事二年なんで一応三十二ですけど、
俺の場合は六十五年なんで、
気が遠くなりますよ」

「そりゃ大変だ。
それで延長になったら笑えるな」

「笑えませんよ」

向井はケラケラ笑う田所に、
むすっとした顔で言った。



向井は冥界調査室の下部組織、
派遣課に所属している。

この派遣課は亡くなった後に、
心残りの強い霊が思い残すことなく、
冥界に行けるようにするのが仕事だ。


田所がいる消去課は、
思い残すことのなくなった霊を、
洗浄し記憶を消去させ、
新たな魂にするのが仕事。

これは時々バグるので、
それが生まれ変わった時に、
転生前の記憶として残る者も出てくる。

そうならないように気をつけていても、
これがなかなか難しい。


牧野がいるのは除去課。

心残りが強すぎて地縛霊や怨霊、
悪霊化したものを、
その場で消滅させるのが仕事だ。


その他にも焼却課。

再生課。

環境課。

保護課。

配達課など。

細かな課が振り分けられている。

ただし動物霊に関しては、
人間の霊と区別されており、
ネグレクト、家畜、
自然界の多くの動物霊などを、
死神課が一括管理している。

向井も自分が死んで初めて知った。

死んでもなお人生は終わらないのだ。

これらの課に所属する者たちは特例という。

本来決められた寿命を、
全うできなかったものは、
その亡くなった年の姿で時間が止まり、
残りの時間を、
冥界と人間界を行き来しながら、
冥王の部下として働くことになる。

その特例が少ないというのは、
事故や事件、病死、
それがどのような状態で死亡しても、
寿命であるという事になる。

そして魂にも寿命があるので、
擦切れていたりすれば再生は不可能になり、
焼却課で魂の焼却が行われる。

浄火され、
粉塵化した魂を壺の中に入れ、
冥王が新たな魂へと再生させる。

魂は冥王の采配で、
適当に新たな命へと配られる。

更に冥界にもテリトリーがあり、
国籍の違う人間が異国で亡くなると、
魂はその国の冥界に配達される。

人間の魂は、
リサイクルされているというわけだ。

次の人生を待つサロンとは、
派遣課、保護課の霊の談話室。

霊達のコミュニケーションの場でもある。
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