第117話 黒谷のキッチンカー

文字数 1,304文字

「俺もここに越してきた人間見たけど、
大丈夫そうなんで安心してるんだ」

「玲子さんという方は一緒ですか? 」

「玲子ばぁはこの下。
年寄りだから、
一階に部屋が取れて喜んでたよ」

「それは良かったです」

向井も微笑むと、手土産を渡した。

「はい、これ」

「あっ、
俺の好きな窯焼きピッツァじゃん」

向井は高田が残していった情報を見て、
黒谷の嗜好に合わせ、
イタリアンレストランで、
テイクアウトしてきた。

「あと、生活必需品くらいなら、
用意できますよ」

「助かる~俺さぁ、
今は貯金減らしたくないのよ。
あともう少しで貯まるからさ」

黒谷はピッツァを出すと、

「向井さんも食べない? 」

「俺はいいです。食べてきたから。
でも、昼間ですけど、
一杯飲むなら付き合いますよ」

向井は笑ってから、
もう一つの冷えたビールが入った袋を、
黒谷に見せた。

「向井さん分かってる~
じゃあ、飲もう」

そういって二人は床に胡坐をかいて座った。

「貯金してるって、
何か目標があるんですか? 」

「俺、キッチンカーやろうと思ってるんだ」

「そうなんですか? 」

「これでも調理師免許あるし」

あれ? 
彼は確か自動車整備士じゃなかったか? 

向井の考え込む姿に、

「ああ、俺が整備士だったって、
高田さんに聞いてたんだ」

「はい」

「俺、
両親が中学の時に事故で亡くなって、
そのあと施設に入ったんだ。
人生百十年時代になって、
今は十六歳で成人になったじゃん。
実際は俺達みたいな国民は、
人生六十年で戦国時代に逆戻りだけどさ」

黒谷は笑うと続けた。

「中学までは無償化だけど、
その後は施設からも、
出て行かなきゃならないから、
俺、
住み込みで飲食店で働いてたんだ。
そこで資格が取れたんだけど、
その店のじいちゃんが亡くなって、
親戚が店を閉めるって言うんで、
追い出されたの。
まあ、大震災もあったし、
仕方がないんだけどさ。
で、そのお店に来ていたお客さんが、
自動車修理工場を紹介してくれて、
住み込みで何年か働いて、
資格も取れたし、
彼女と結婚も視野に、
アパート借りてと思ったら、
移民特別委員会がきて、
俺達従業員はリストラ。
これだけ聞くと、
俺の人生って何? って思うだろ」

黒谷は明るく話しながら笑った。

「今は殆どが、
AIでコントロールされてるでしょ。
俺達みたいな技術者も、
外国人労働者を入れるから、
首になっちゃうんだよね」

「大変でしたね」

「まあね。
だから人生なるようにしかならないって、
身をもって知ったってことかな」 

「そういえば………
荷物はこれだけですか? 」

中には家電もほとんどなく、
家具はミニテーブルと、
小さなキャスター付き収納だけ。

布団も折り畳みのベッドマットのみだ。

「俺の場合は、
自然とミニマリストになった。
いつ追い出されるかわかんないし、
家電は電気代がかかるから、
最低限でいいんだ。
雨風しのげれば、
まあいいかって感じ? 」

黒谷が笑った。

「キッチンカーが出来たら、
玲子ばぁも手伝うって言うし、
目標があるのは長生きの秘訣だから、
玲子ばぁが死ぬ前に店開かないとね」

「そうですね。できたら、
テイクアウトさせていただきます」

「おっ、もう客が付いた。
だったらすぐにでも店を開かなきゃな」

黒谷はピッツァを食べながら、
ビールを飲んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み