第39話 サロンの恋

文字数 1,432文字

休憩室に戻る途中でサロンをのぞくと、
いつも以上に霊達が活発に動いていた。

楽しそうに話をするもの、
本を読むもの、
黙々と作業をするもの、
それぞれが何かに没頭しているようだ。

向井が近づくと、
花村が楽しそうに笑顔を向けた。

「それ、新しいデザイン画ですか? 」

「まだ、ラフの段階だけどね」

「作家さんの数も職種も多いので、
工房はもう少しかかりそうですよ」

向井が申し訳なさそうに言うと、

「それくらいいいですよ。
どうせ私達は死んでますから、
時間なんて……」

奥の方から五十代くらいの、
艶っぽい女性が近づいてくると、

「ねぇ」

彼女は優しく微笑んで花村を見た。

「まり子さん!! 」

花村は嬉しそうに立ち上がると、
椅子を引いて彼女を座らせた。

おや?

この二人はここで愛を育んでいるのか?

死人の恋か……

これは悲恋物語になりそうだな……

来世に進むなら、
一緒に行ってくれると助かるんだけどな。

自分の事には無頓着な向井だが、
他人の事には敏感なのが不思議だ。


「知ってます? 私今、
この二人のお話を書いているんですよ」

いつの間に近づいたのか、
三十代と思しき女性が、
向井の耳元でボソッとつぶやいた。

「うわっ!! 」

思わず小さな叫び声が出てしまった。

そこにいたのは河原希江だった。

医療ミスで亡くなった少女小説家だ。

人気絶頂だった彼女の本は、
長編十二巻で未完のまま終わり、
今もファンの間では話題になっている。


本人に、
「続きは書かないのか? 」と聞くと、
「ラストまで考えてなかったから、
ちょうどよかった」
という答えが返ってきた。

続きを書いたところで、
「どうせ冥界にいるものしか、
読めないんでしょ」
とのこと。

ただ、冥王から、
「続きが気になるから、
来世に行く前に完結させて欲しい」
と言われ、
現在執筆中だ。

本人も中途半端なままなのは嫌だから、
書くつもりだと言っていたものの、
書いている様子がないと思っていたら、
続きではなく、
新しい物語を書いていると?
向井は驚いて小柄な河原を見下ろした。

「続きはどうしたんです? 」

「あぁ、あれね。一応書いているわよ。
でも、あの二人見てたら、
アイデアが沸々わいてきて、
図書室で書いてたら、
冥王に見つかっちゃって」

「で? 」

「冥王があの二人の物語にハマっちゃって、
ほら、配信で話題の実らぬ恋のドラマ? 
冥王大好きじゃない。
それで私が書いてる、
二人の悲恋物語を読んで、
続きはどうなるんだってうるさくて」

あの人が最近、
サロンに顔を出している理由は、
それか?
どうしようもないなぁ。
向井はあきれたように小さく頭を振った。

「でもさ。結末なんて決まってんじゃん。
死人なんだから。
でもそこを何とか、
ドラマチックに結末まで持っていこうと、
思っている次第です。じゃぁ」

言いたいことだけ言って、
去ろうとする河原に、

「ちょ、ちょっと待ってください。
未完の小説の方も終わらせてくださいよ」

「……………………じゃあ」

少しの沈黙の後、
河原は手を軽くあげて去っていった。

「まったく…………」

向井の小さなため息を、
花村とまり子がじっと見ていた。

「あ……すいません。
皆さんに伺っているんですけど、
作品作りに何か足りないものとか、
必要なものはありませんか」

「あの、そのことで、
前からお願いはしてるんですけど、
色がね……」

まり子が言いにくそうに話し始めた。

「実は今デザインしているものに、
どうしても足りない石があって、
手に入れて欲しいんですけど、
その石の中でもこの色合いを探してて」

まり子はそういうと、
デザイン画を見せてくれた。
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