第30話 冥界の工房
文字数 1,851文字
サロンに入ると、
霊があふれかえっているので、
霊気でムッとする。
食事であるお線香が焚かれているので、
その香りでサロン全体が包まれている為、
そこまできつさはないが、
確かに、
佐久間の何とかしてくれと言う苦情、
分からなくもない。
それでも霊達に不評だった、
白檀、沈香、伽羅などの高級な香りから、
バニラやミルクなどの、
甘い香りを燻らすようになり、
霊気も少しは和らいでいた。
「おや、向井さん、久しぶりだね」
四十代の細身の男性が声をかけてきた。
「まだ、
私の仕事は見つかりそうもないかい? 」
彼は欄間彫刻で有名な、
琴平という匠の弟子で、
アートの世界で著名になった彫刻師だ。
派遣にはそんな、
すごい腕を持った者もいるので、
昨日はそのことで、
も冥王に呼び出されていた。
昨夜――――
「今度は何ですか?
俺はあなたの小間使いじゃないんですが」
「そんな冷たいこと言わないでよ」
冥王はチョイチョイと手を振って、
向井を呼ぶと、
「これなんだけどね」
見ると派遣霊の登録ナンバーが、
デスクに映し出されていた。
冥王のデスクはそのものが端末なので、
空間に映し出すこともできる。
「ちゃんと仕事してたんですね」
「君ね~私はこれでも、
冥界の秩序を守るものですよ」
「で、今度は何を思いついたんですか」
うずうずした表情をしているのを見ると、
何やら自分の中で、
最高のアイデアを考え浮かんだようだ。
「君さ、サロンの事で、
苦情が来ているそうではないですか」
「お言葉ですが、俺一人の力では、
どうにもならないことはありますから」
「それはそうだよね。
で、代わりに私が、
ある提案をしようと思ってね」
「提案………ですか? 」
また妙なこと考えて、
仕事を増やすんじゃないだろうな。
眉をひそめていると、
「アートスタジオを作ろうと思ってね」
「はあ? 」
向井の口から間の抜けた声が出た。
「もう、冥界大工には頼んであるから、
サロンの横に、
作業場を設けようと思っているんです」
冥王はずっと考えていたことなのか、
立て板に水状態で話し続けた。
「だって、
これだけ凄い派遣霊がいるのに、
下界での仕事が見つからないんだろ?
冥界なら、
死神に憑依しなくても仕事は出来るし、
物を作りたい派遣霊には、
そこで作品作りに勤しんでもらってさ」
「で、その作品はどうするんですか? 」
「だからギャラリーも作って、
そこに展示してサロンにいる霊にも、
楽しんでもらえるようにしようと思って。
確かに図書室もあるけど、
それだけじゃつまらないだろう?
欄間彫刻とか、
私のこの部屋にも飾りたいんですよね。
ほら、この花村さんて人、
凄い有名な、
アート作家さんじゃないですか。
本を見てね。
私は彼の作品が気に入ってしまいました」
なるほど。
要するに自分用の口実に、
この提案を思いついたわけか。
なかなかずる賢い。
特別室の老獪な者たちと同じだが、
まだ冥王の方が素直な分可愛げはある。
でも、
確かにアートを世に残したいものは、
別として、
思いっきり作品を作りたいものにとって、
これは悪い話ではない。
冥界とは言え、
自分の作品は残るわけだから。
「そうですね。
冥王はみんなの事を考えて、
一番いい策を考えてくれたんですね」
「も、もちろんですよ。
それにさ、ここに掛け軸とかも、
カッコいいと思うんですよね。
この若手画家の元秀さん?
彼の画集を見ましたか? 」
元秀………あぁ、あの無口な彼ね。
向井は天井を見ながら思い出していた。
何を考えているか、
分かりにくい人ではあるが、
サロンでも静かに絵を描いたり、
本を読んだりしている。
若干二十一歳にして、
海外で絵画文化賞を取ったあと、
新しい絵画の発展とともに、
世界を周っていた中、
テロに巻き込まれて死亡している。
まだ三十五歳。
描き残したい図案があると、
言っていたが、
冥界でもいいなら、
冥王の掛け軸は置いといても、
いいかもしれない。
「冥王が俺の仕事を、
心配してくれていたなんて驚きました。
派遣霊の人達には聞いておきます」
「でね~私の掛け軸だけでも……」
「冥王の部屋に関しては後回しですよ。
最後尾に並んで待っててください」
「えっ? なんで? 」
「当然でしょう。
目的は冥王の為ではないんですから」
「そ、そりゃ、
サロンにいる者たちが一番ですよ。
でもさ~」
「だめです」
「う~~~ケチ!! 」
子供か。
向井は知らん顔をして、
部屋を出てからププッと笑った。
冥王は良くも悪くも憎めない人物だ。
元秀さんがOKしてくれるなら、
まずは冥王室の掛け軸から、
お願いしてみますか。
向井は冥王の提案をどう伝えるか、
考えながら廊下を歩いて行った。
霊があふれかえっているので、
霊気でムッとする。
食事であるお線香が焚かれているので、
その香りでサロン全体が包まれている為、
そこまできつさはないが、
確かに、
佐久間の何とかしてくれと言う苦情、
分からなくもない。
それでも霊達に不評だった、
白檀、沈香、伽羅などの高級な香りから、
バニラやミルクなどの、
甘い香りを燻らすようになり、
霊気も少しは和らいでいた。
「おや、向井さん、久しぶりだね」
四十代の細身の男性が声をかけてきた。
「まだ、
私の仕事は見つかりそうもないかい? 」
彼は欄間彫刻で有名な、
琴平という匠の弟子で、
アートの世界で著名になった彫刻師だ。
派遣にはそんな、
すごい腕を持った者もいるので、
昨日はそのことで、
も冥王に呼び出されていた。
昨夜――――
「今度は何ですか?
俺はあなたの小間使いじゃないんですが」
「そんな冷たいこと言わないでよ」
冥王はチョイチョイと手を振って、
向井を呼ぶと、
「これなんだけどね」
見ると派遣霊の登録ナンバーが、
デスクに映し出されていた。
冥王のデスクはそのものが端末なので、
空間に映し出すこともできる。
「ちゃんと仕事してたんですね」
「君ね~私はこれでも、
冥界の秩序を守るものですよ」
「で、今度は何を思いついたんですか」
うずうずした表情をしているのを見ると、
何やら自分の中で、
最高のアイデアを考え浮かんだようだ。
「君さ、サロンの事で、
苦情が来ているそうではないですか」
「お言葉ですが、俺一人の力では、
どうにもならないことはありますから」
「それはそうだよね。
で、代わりに私が、
ある提案をしようと思ってね」
「提案………ですか? 」
また妙なこと考えて、
仕事を増やすんじゃないだろうな。
眉をひそめていると、
「アートスタジオを作ろうと思ってね」
「はあ? 」
向井の口から間の抜けた声が出た。
「もう、冥界大工には頼んであるから、
サロンの横に、
作業場を設けようと思っているんです」
冥王はずっと考えていたことなのか、
立て板に水状態で話し続けた。
「だって、
これだけ凄い派遣霊がいるのに、
下界での仕事が見つからないんだろ?
冥界なら、
死神に憑依しなくても仕事は出来るし、
物を作りたい派遣霊には、
そこで作品作りに勤しんでもらってさ」
「で、その作品はどうするんですか? 」
「だからギャラリーも作って、
そこに展示してサロンにいる霊にも、
楽しんでもらえるようにしようと思って。
確かに図書室もあるけど、
それだけじゃつまらないだろう?
欄間彫刻とか、
私のこの部屋にも飾りたいんですよね。
ほら、この花村さんて人、
凄い有名な、
アート作家さんじゃないですか。
本を見てね。
私は彼の作品が気に入ってしまいました」
なるほど。
要するに自分用の口実に、
この提案を思いついたわけか。
なかなかずる賢い。
特別室の老獪な者たちと同じだが、
まだ冥王の方が素直な分可愛げはある。
でも、
確かにアートを世に残したいものは、
別として、
思いっきり作品を作りたいものにとって、
これは悪い話ではない。
冥界とは言え、
自分の作品は残るわけだから。
「そうですね。
冥王はみんなの事を考えて、
一番いい策を考えてくれたんですね」
「も、もちろんですよ。
それにさ、ここに掛け軸とかも、
カッコいいと思うんですよね。
この若手画家の元秀さん?
彼の画集を見ましたか? 」
元秀………あぁ、あの無口な彼ね。
向井は天井を見ながら思い出していた。
何を考えているか、
分かりにくい人ではあるが、
サロンでも静かに絵を描いたり、
本を読んだりしている。
若干二十一歳にして、
海外で絵画文化賞を取ったあと、
新しい絵画の発展とともに、
世界を周っていた中、
テロに巻き込まれて死亡している。
まだ三十五歳。
描き残したい図案があると、
言っていたが、
冥界でもいいなら、
冥王の掛け軸は置いといても、
いいかもしれない。
「冥王が俺の仕事を、
心配してくれていたなんて驚きました。
派遣霊の人達には聞いておきます」
「でね~私の掛け軸だけでも……」
「冥王の部屋に関しては後回しですよ。
最後尾に並んで待っててください」
「えっ? なんで? 」
「当然でしょう。
目的は冥王の為ではないんですから」
「そ、そりゃ、
サロンにいる者たちが一番ですよ。
でもさ~」
「だめです」
「う~~~ケチ!! 」
子供か。
向井は知らん顔をして、
部屋を出てからププッと笑った。
冥王は良くも悪くも憎めない人物だ。
元秀さんがOKしてくれるなら、
まずは冥王室の掛け軸から、
お願いしてみますか。
向井は冥王の提案をどう伝えるか、
考えながら廊下を歩いて行った。
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