第110話 黒谷の不思議な魂

文字数 1,217文字

向井はその足で洋菓子店に寄り、
冥界に戻っていった。

廊下を歩いていると、
休憩室から声が聞こえてきた。

「だから、犯人はこいつなんだよ」

「え~違うでしょ」

サスペンスドラマを見ながら、
牧野と早紀が意見を戦わせていた。

安達はそんな二人のやり取りを、
じっと見ている。

向井が部屋に入ると、

「あっ、お帰り」

早紀が気づいて声をかけた。

向井は手にした箱を見せると、

「はい、お土産ね。
牧野君の好きな、
ケーキを買ってきましたよ」

「えっ? 
俺が好きなって……チョコ? 」

牧野は嬉しそうに言うと、
飛んできた。

箱を受け取って中をのぞくと、

「オペラだ~!! 食べよ食べよ。
安達、皿出して」

と声をかけた。

「オペラ? 」

不思議そうにしている安達に、

「そう、食堂のチョコケーキより、
美味しいぞ」

「食堂のより……? 」

安達も嬉しそうに、
ソファーから立ち上がると、
お皿を出しにミニキッチンに行った。

最初はどうなるかと思っていたが、
牧野も安達の扱い方が、
分かってきたようだ。

生意気で知らないことが多い、
ちょっとおかしなガキ。

牧野の目には安達は、
そのように映ったようだった。

「向井君は子供に甘いなぁ~」

早紀も笑うと、
ケーキを取り分けているお皿を、
取りに立ち上がった。

「そうだ。向井が戻ったら、
冥王室に来てってアートンが言ってた」

牧野がケーキを頬張りながら振り向いた。

向井はその顔にあきれたように笑うと、
部屋を出て行った。


――――――――


冥王室は休憩室から、
少し離れた場所にあり、
この廊下を歩くものは、
死神か向井のような、
一部の特例だけなので、
足音だけが響く。

向井が部屋のドアをノックすると、
中からアートンが出てきて、
中に入るように言った。

「失礼します」

一礼して顔をあげると、

「黒谷君に会ってきたんでしょ? 
印象はどうでした? 」

冥王が聞いてきた。

「話をした限りでは、
問題はなさそうでした。
彼の魂は徳が高いんでしょうか。
自ら危険なものを避けて、
生活しているようなので」

向井は机の前に近づくと言った。

「ふむ。アートンも高田君と一緒に、
一度接触させたんだけど、
彼、アートンが人間じゃないって、
一目で見分けたんだよね」

「そうなんですか? 」

向井が横に立つアートンを驚いて見た。

「そうなんですよ。魂を見る限り、
特別徳が高いわけでも、
ないんですけど……
ただ、何度か再生済みの魂なので、
本来なら上書きが見えるんですけど、
彼の魂は本当にまっさらなんです」

「消去するたびに、
まっさらな状態になる魂って、
私も初めて見るので、
高田君に監視対象とさせていたんです」

「彼がものにこだわらないのは、
そういう理由もあるんでしょうか。
彼は今回、
住むところを無くしたんですけど、
魂を見ていても前向きで、
問題のある人物には見えませんでした。
反対にこっちが彼の持つ情報に、
驚いたくらいですから」

「そうなんですよね。
僕も話をしたときに思ったんですけど、
霊に取り込まれることもなく、
霊と会話できる人間を、
初めて知りました」
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