第48話 花村とまり子の恋
文字数 2,055文字
その日の夜――――
向井は冥王の部屋に来ていた。
冥王は椅子の背にもたれながら、
話を聞いていた。
「なるほどね。それはかまわないですよ。
過去にないこともないからね」
「えっ? そうなんですか? 」
向井は思わず聞き返した。
「まぁね~順番待ちしている中で、
そういう霊が、
出てくることもあるんですよ。
問題さえ起こさなきゃ、自由ですよ」
向井が相談していたのは、
花村とまり子の冥界での結婚が、
可能かどうかだった。
「だけど、あの二人は独身なのか?
現世でパートナーが今も想っていると、
不倫になりますからね。
霊魂とはいえちょっとね……」
冥王が渋い顔をする。
「まり子さんは未亡人で、
花村さんは独身だそうです。
まり子さんのご主人は、
十五年前に亡くなられていて、
鬼籍を調べてもらったら、
既に再生されて生まれ変わっているので、
問題ないと言われました」
「そこまで調べてあるなら、
この婚姻の書類に判を押しましょう。
夫婦 許可を出しますよ。
ただし、
二人の承諾を取ってからですよ。
両思いだからと言って、
誓いを立てたいとは限りませんから」
「それは問題ありません」
先日二人に会った向井は、
事前に気持ちの確認をとっていた。
――――――――
工房の専用ブースで作業していた花村は、
「えっ? まり子さんの事ですか? 」
顔を真っ赤にして、
どぎまぎとしながら言った。
声が上ずり、少し落ち着かない様子で、
体を動かしていた。
「お二人ともお似合いですし、
まり子さんも再生するときは、
一緒にと仰っていたので、
花村さんのお気持ちを、
聞いておこうと思って」
「まり子さんがそんなことを?
もちろん一緒に再生できるなら、
一人で逝くより一緒に逝きたいです。
彼女に会うまでは結婚を考える事など、
私の中にはありませんでしたから」
「それは良かった。まり子さん。
花村さんはそういわれてますけど、
どうしますか? 」
「えっ? まり子さん…
い、いるんですか? 」
まり子が花村の背後から姿を現した。
「花村さんにアピールしても、
いつもはぐらかされて。
本当にこの人は私を好きなのかしらって、
思っていたのよ」
少しすねたようにまり子が言った。
「でも、もう死人なんだもの。
成仏するときくらい、
好きな人と一緒に、
いたいものでしょう? 」
まり子はゆっくり花村に近づくと、
手を取った。
「まり子さん……
あの…本当に私でいいんですか? 」
「何をいまさら」
まり子は涙を浮かべながら微笑んだ。
「あ…指輪と花束はないけれど、
私と…その結婚してくれますか? 」
花村が手を握ったまま跪いた。
「もちろんよ。その言葉がやっと聞けて、
嬉しいわ……」
二人が優しく抱き合うのを見ながら、
向井は工房を静かに出て行った。
――――――――
そんな二人の様子を思い出していると、
「で、結婚式はどこでやるの? 」
冥王が聞いてきた。
「まだ出来上がってはいませんけど、
ギャラリーをお借りして、
自由参加でささやかにあげられたらと」
「ふむ。で、衣装は? 」
冥界では霊魂はみな、
同じ死装束を着ているが、
現在は冥王の采配で、
白に限らず好きな色を、
身にまとえるようになっていた。
「まり子さんは、
フューネラルドレスを着られているので、
それでいいのではないかと」
「だったら保管庫から、
ウェディングドレスを借りるといいですよ」
「ドレスがあるんですか? 」
「もう何年も前に再生したんですが、
あの世界的デザイナーの、
アキコ・コウノのウェディングドレスが、
あるんですよ」
「それはすごい!! 」
向井も驚きの声を上げた。
「彼女と言ったらドレスの女神ですからね。
冥界に寄付するから、
デザインさせてくれって、
豪華絢爛なドレスを仕上げてから、
成仏しましたよ」
「まり子さん、きっと喜びます。
既にヘアメイクはオクトさんに、
写真は加納さんにお願いしました。
一応ウエディングケーキも、
優香さんが作ってくれるそうで」
オクトは、
カリスマ美容師の憑依をしたあと、
その腕を生かして冥界でも、
『腕が鈍らないようにしないと』と、
みんなのヘアカットをしていた。
「いいね~
私もワクワクしてきました。
こうなると、
チャペルが欲しくなるよね。
うん。いつか作ることにしよう」
冥界にチャペル?
苦笑いする向井も気にもせず、
冥王は一人納得するように頷くと、
「そうだ! 立会人代表に、
私がなっても構わないよね」
「それは結婚式に出たいと? 」
「当然でしょう。私はあの二人の行く末を、
陰ながら応援してきたんですから」
「応援…ですか? 」
「まぁまぁ、
細かいことはいいじゃないの。
あっ、でもそうなると、
河原の小説のラストは、
ハッピーエンドになるのか?
それはちょっとつまらんな。
もっとドロドロと、
盛り上がるような悲恋でないと……」
冥王は腕を組んで考え込むと、
「河原にラストについて、
言及しておかないとな」
「冥王の小説じゃないんですから、
口出しはしない方がいいのでは? 」
「いやいや、
あれは私と河原の共同作品だよ。
それから式の日取りが決まったら、
教えてくださいよ」
「分かりました」
何やら楽しそうな冥王の姿に、
向井は笑うと部屋を後にした。
向井は冥王の部屋に来ていた。
冥王は椅子の背にもたれながら、
話を聞いていた。
「なるほどね。それはかまわないですよ。
過去にないこともないからね」
「えっ? そうなんですか? 」
向井は思わず聞き返した。
「まぁね~順番待ちしている中で、
そういう霊が、
出てくることもあるんですよ。
問題さえ起こさなきゃ、自由ですよ」
向井が相談していたのは、
花村とまり子の冥界での結婚が、
可能かどうかだった。
「だけど、あの二人は独身なのか?
現世でパートナーが今も想っていると、
不倫になりますからね。
霊魂とはいえちょっとね……」
冥王が渋い顔をする。
「まり子さんは未亡人で、
花村さんは独身だそうです。
まり子さんのご主人は、
十五年前に亡くなられていて、
鬼籍を調べてもらったら、
既に再生されて生まれ変わっているので、
問題ないと言われました」
「そこまで調べてあるなら、
この婚姻の書類に判を押しましょう。
ただし、
二人の承諾を取ってからですよ。
両思いだからと言って、
誓いを立てたいとは限りませんから」
「それは問題ありません」
先日二人に会った向井は、
事前に気持ちの確認をとっていた。
――――――――
工房の専用ブースで作業していた花村は、
「えっ? まり子さんの事ですか? 」
顔を真っ赤にして、
どぎまぎとしながら言った。
声が上ずり、少し落ち着かない様子で、
体を動かしていた。
「お二人ともお似合いですし、
まり子さんも再生するときは、
一緒にと仰っていたので、
花村さんのお気持ちを、
聞いておこうと思って」
「まり子さんがそんなことを?
もちろん一緒に再生できるなら、
一人で逝くより一緒に逝きたいです。
彼女に会うまでは結婚を考える事など、
私の中にはありませんでしたから」
「それは良かった。まり子さん。
花村さんはそういわれてますけど、
どうしますか? 」
「えっ? まり子さん…
い、いるんですか? 」
まり子が花村の背後から姿を現した。
「花村さんにアピールしても、
いつもはぐらかされて。
本当にこの人は私を好きなのかしらって、
思っていたのよ」
少しすねたようにまり子が言った。
「でも、もう死人なんだもの。
成仏するときくらい、
好きな人と一緒に、
いたいものでしょう? 」
まり子はゆっくり花村に近づくと、
手を取った。
「まり子さん……
あの…本当に私でいいんですか? 」
「何をいまさら」
まり子は涙を浮かべながら微笑んだ。
「あ…指輪と花束はないけれど、
私と…その結婚してくれますか? 」
花村が手を握ったまま跪いた。
「もちろんよ。その言葉がやっと聞けて、
嬉しいわ……」
二人が優しく抱き合うのを見ながら、
向井は工房を静かに出て行った。
――――――――
そんな二人の様子を思い出していると、
「で、結婚式はどこでやるの? 」
冥王が聞いてきた。
「まだ出来上がってはいませんけど、
ギャラリーをお借りして、
自由参加でささやかにあげられたらと」
「ふむ。で、衣装は? 」
冥界では霊魂はみな、
同じ死装束を着ているが、
現在は冥王の采配で、
白に限らず好きな色を、
身にまとえるようになっていた。
「まり子さんは、
フューネラルドレスを着られているので、
それでいいのではないかと」
「だったら保管庫から、
ウェディングドレスを借りるといいですよ」
「ドレスがあるんですか? 」
「もう何年も前に再生したんですが、
あの世界的デザイナーの、
アキコ・コウノのウェディングドレスが、
あるんですよ」
「それはすごい!! 」
向井も驚きの声を上げた。
「彼女と言ったらドレスの女神ですからね。
冥界に寄付するから、
デザインさせてくれって、
豪華絢爛なドレスを仕上げてから、
成仏しましたよ」
「まり子さん、きっと喜びます。
既にヘアメイクはオクトさんに、
写真は加納さんにお願いしました。
一応ウエディングケーキも、
優香さんが作ってくれるそうで」
オクトは、
カリスマ美容師の憑依をしたあと、
その腕を生かして冥界でも、
『腕が鈍らないようにしないと』と、
みんなのヘアカットをしていた。
「いいね~
私もワクワクしてきました。
こうなると、
チャペルが欲しくなるよね。
うん。いつか作ることにしよう」
冥界にチャペル?
苦笑いする向井も気にもせず、
冥王は一人納得するように頷くと、
「そうだ! 立会人代表に、
私がなっても構わないよね」
「それは結婚式に出たいと? 」
「当然でしょう。私はあの二人の行く末を、
陰ながら応援してきたんですから」
「応援…ですか? 」
「まぁまぁ、
細かいことはいいじゃないの。
あっ、でもそうなると、
河原の小説のラストは、
ハッピーエンドになるのか?
それはちょっとつまらんな。
もっとドロドロと、
盛り上がるような悲恋でないと……」
冥王は腕を組んで考え込むと、
「河原にラストについて、
言及しておかないとな」
「冥王の小説じゃないんですから、
口出しはしない方がいいのでは? 」
「いやいや、
あれは私と河原の共同作品だよ。
それから式の日取りが決まったら、
教えてくださいよ」
「分かりました」
何やら楽しそうな冥王の姿に、
向井は笑うと部屋を後にした。
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