第6話 命の値段

文字数 1,370文字

「ねえ、身内の命って? 」

早紀の質問に、
向井は少し考えこむ様子を見せてから、
言った。

「ん~ 
例をあげると特別室には、
二年前に亡くなった大臣がいるんだけど、
彼は奥さんの残りの人生から、
五年分の寿命を冥界に献上している」

「奥さんはどうなるの? 」

「五年分寿命が縮まるという事だね。
といっても、
奥さんの命五年は冥界では二年の価値。
だから大臣も特別室に残りたければ、
今年新たな命を、
献上しなければならない。
まあ、また、
奥さんの命を差し出しても、
構わないですけどね」

「ひえ~死んでも自分が大事ってことか」

牧野が身震いした。

「それだけじゃないぞ」

田所はさらに声を潜めた。

「ある人物は、
自分の孫の命を献上している」

「…………」

早紀と牧野は生唾を飲み込んだ。

「まあ、生まれてくる前の命だけどね。
息子の嫁さんのお腹の子の命を、
冥界に捧げる契約で流産している」

「だからこの国は、
冥界で作られているという噂も、
あるほどです。
魑魅魍魎。害をもたらすのは、
妖怪だけじゃないという事だね」

向井はそう言って焼き鳥を口に入れた。

「あ~やだやだ」

牧野は天井に顔を向けると首を振った。


この国には他にも多くの秘密がある。

向井も死んだあと、
特別室の配属になり知ることになった。

その為、
特別室に出入りできるのは、
限られた者たち、
冥界調査室では派遣課のみである。

死んでもなお、
情報漏洩を恐れて緘口令も敷かれる。

とはいえ、重要な部分以外は、
田所のように知っているものも多い。

死人の口にも、
戸は立てられぬというわけだ。


「そういやこの前、
西方面担当の岸本が言ってたんだけど、
特例って、
天涯孤独者が多いんじゃないかって」

「そういえば……私も彼氏と別れてるし、
両親も姉弟もいないな。
向井君もそうよね。牧野は? 」

「俺は施設育ち。
岸本はばあちゃんと暮らしてたけど、
ばあちゃん死んだあとに、
自分も事故で死んだって言ってた。
田所は? 」

「俺? 俺は両親はいないけど、
別れた奥さんと息子はいるよ。
と言っても別れた後に、
向こうは再婚してるから、
子供とは全く会ってないけど」

「会いたくないの? 」

「会いたくないと言ったら、
うそになるけど、
新しい父親とも、
うまくやってるみたいだし、
波風立てたくないよ。
それに俺はもう死んでるし。
源じいだって孫もひ孫もいるぞ」

「そうか。でも、
真紀子さんも独身で、
親兄弟はいないって言ってたし、
やっぱ特例は一人もんの集まりだよ」

牧野は少し納得がいかない様子で言った。

向井は酒を飲みながら、
冥王の言葉を思い出していた。


「特例の数が少ない? 」

向井が数を増やすことはできないのかと、
言ったことがあった。

「特例は寿命だけじゃなく、
再生不可の烙印を押されたものの他に、
子供と現世への未練が強い霊も、
排除している。
特に大切な人、物への執着が大きいと、
人間界にいる時に、
問題を起こすことが多い。
大切な人が上がってきた時に、
君らも辛いだろうし、
戸惑いもあるだろう。
だから特例関係者の霊が来た時は、
出来るだけ早くに再生されるように、
なっています。
特別室を見ても分かるように、
ある程度の忍耐力も必要だ。
今いる十二人は、
選ばれしスペシャリストだな。喜べ」

生への執着がなく、
大事な人が少なければ少ないほど、
特例になる確率も上がるとは、
素直に喜べない。

こんなことは誰にも言えないので、
向井は黙っている。
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