第32話 くるみのダンス

文字数 2,035文字

トレーニングルームは、
サロンから更に離れた、
死神課の先にある。

死神が体のメンテの為に、
トレーニングする場所だ。

奥にはそれぞれの死神の自室が、
設けられているので、
身体のメンテ以外ではそこか、
休憩室にいることが多い。

くるみは室内に通され、
圧倒されたように、
他の死神たちを見ていた。

「凄い……ここって、
死んだ人たちが来るところなんだよね」

「ハハハ。
確かに死人ばかリがいる場所には、
思えないよね」

向井が笑いながら言うと、
部屋の奥から、
二十代くらいの男性がやってきた。

彼もデスクワーク担当の死神で、
憑依される死神のメンテと、
トレーニングを担当していた。

「こんにちは。僕はエルフです」

くるみは小さく頭を下げた。

「初めての憑依は、
君にとっても違和感があると思うので、
馴染むまで僕が、
トレーナーとしてつきます。
最初は体が浮いた感じだけど、
少しずつ馴染んで、
自分の意思で動かせるようになります」

「あの、この人は俺が中にいる間、
どうなってるの? 」

「核……
君達でいう魂の中に入っています。
君は体を借りているだけだからね。
だから、話していることも行動も、
全て分かっています。
君が、
意図しない行動をとろうとすると、
核に取り込まれて、
再生以前に消されてしまうので、
身体をお借りしているという事は、
忘れないでください」

「分かった」

くるみは頷いた。

「じゃあ、憑依してみましょうか」

エルフがいい、
ティンは軽く体を動かすと、
くるみの手を取った。

「わっ……!! 」

くるみの体がスッと吸い込まれて、
ティンの中に入っていった。

「どう? 」

向井が聞くと、

「ちょっと、ムズムズする感じ……」

「じゃあ、軽く体を動かしてみて」

エルフに言われて、
くるみは手足を動かした。

「……軽く動く。凄い……」

“それは俺が、
毎日トレーニングしてるからです”

「なに? 頭の中で声がする!! 」

「大丈夫。
ティンが君に話しかけてるだけだから。
この体にいる間、
ティンは核の中にいるので、
たまに声が聞こえてくることもありますが、
君のダンスを邪魔することはないです」

「体が馴染んでるみたいだし、
軽く踊ってみる? 」

向井がいうと、
エルフもティンの様子を見て、

「くるみ君との相性もいいみたいですね」

「くるみモデルの、
ダンススニーカーも用意しておいたし、
足に馴染ませたいでしょ? 」

向井が持っていた袋から、
シューズを取り出した。

くるみは嬉しそうにそれを受け取ると、
早速履いてみた。

ティンの方が身長もあるので、
ダンスの感覚も、
すぐにはつかめないだろう。

くるみはミラーの前で、
ストレッチを始めた。

ある程度の運動がおわるのを見計らって、

「ヴィヴィ。
ストリートダンスの曲かけて。
ジャンルはランダムでね」

エルフが言った。

ヴィヴィは、
冥王がどうしても入れたいと作った、
冥界のバーチャルアシスタントだ。

驚くくるみをよそに、
音楽が流れてきた。
最初はぎこちなかった体の動きが、
徐々に慣れてきたのか、
軽やかにリズムを刻み始めた。

スピードが速くなってくると、
その場にいた死神たちも、
彼のパフォーマンスを魅入るように、
個々の作業を止めた。

向井も、
ストリートダンスを間近で見るのは、
初めてだったので、
その姿に息をのんで見守っていた。

自分の体でもないのに、
これほどのダンスを踊れるとは。
セイが夢中になるはずだ。

無理なことは十分理解していても、
彼にはもっともっと踊っていてほしい。

思わずそう願っている自分がいた。

曲が終わった後もその場にいたものは、
向井と同じ思いで、
くるみを見ていたのだろう。

凄い……
誰もが動けず声も出せずにいた。

その空気を打ち破ったのは、
パチパチパチパチ――――
セイだった。

「凄い! 凄い!! 凄い~~~~~」

ドア口でのぞいて見学していたセイが、
夢中になって拍手をしていた。

興奮しているのか、
顔が真っ赤になっている。

「生で見られるなんて」

室内に入ってくると手を取って握った。

「僕、あなたの大ファンなんです」

そういったところで、

「あっ、ティンじゃん。
くるみ君を出して……」

憑依されている時は、
冥界の人間には、
重ねて見えることもあるので、
セイにはくるみが見えていたのだろう。

その場にいたものが、
呆気に取られていると、

「お前、
持ち場を離れるんじゃない!! 
これから霊電のメンテがあると、
言っただろう」

五十代くらいのガタイのいい男性が、
部屋に乗り込んできた。

「少しくらいいいじゃないですか!! 」

調査室室長は、
文句を言うセイの襟をつかむと、

「ほら、行くぞ!! 」

と、引っ張っていった。

「くるみ君~サイン、サイン~!! 」

セイの叫び声に、
死神たちはハッと我に返った。

「いやはや、凄いなぁ」

エルフは驚いた様子で言った。

「これなら、
オーデション通るんじゃないの? 」

周りにいた死神たちも、
驚愕した顔で頷いている。

ティンから出たくるみが、
死神たちと楽しそうにしている姿を見て、

「これがあるから、
死んでるのに頑張ろうと、
思っちゃうんですよね~」

向井は見守るような気持ちでほほ笑んだ。
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