第21話 冥王室

文字数 1,591文字

特例の休憩室を出て長い廊下を抜けると、
その先に冥王室がある。

重厚なドアは、
和製アンティーク風な作りだ。

向井はドアの前で止まりノックすると、
冥王の返事も待たずに入室した。

「失礼します。お呼びでしょうか」

「来た来た。
ちょっと聞きたいことがあって」

冥王は本から目を離さずに、
手だけ振って向井を呼んだ。

「なんですか? 」

向井がデスクに近づくと、

「これなんだけどさ~
続きみたいな終わり方なんだよね」

「なんだ。漫画の話ですか」

「これって、続き描くんだよね。
気になっちゃってね」

向井があきれたように雑誌を見ると、

「松田雪江……?   
あれ、
この作家さんは本名で描いてるのか」

「えっ、なになに?  
向井君はこの作家さん知ってるの? 」

冥王は子供のように目を見開いて、
顔を近づけてきた。

「知ってるもなにも、
派遣霊の一人が仕事してますよ」

「えっ? ほんと? 誰? 誰? 」

「言ったってわからないでしょ? 」

「何を言っているのかな? 
私は冥王ですよ。
君たちの仕事はきちんと見てます。
で? 誰? 」

怪しいなぁ~……
向井は疑わしそうな顔をした。

「山川葵さんて、
漫画アシスタント界では、
レジェンドらしいですよ」

「えっ? 
山川が彼女のアシスタントしてるの? 
もしかして、
この続きだったりするのかな? 」

向井は帰ってきた言葉の方に驚いた。

「冥王が山川さんを知っているほうが、
俺にはびっくりなんですが」

「だから、言ったじゃないですか。
はきちんと仕事を把握してますよって」

訝し気な顔のまま向井は答えた。

「多分この続きだと思いますよ。
なんか、
読者アンケートの結果がよかったので、
長編で続きを描くそうです」

「おお~やはり、
私も一票投じたのに、
二位だったんですよね。
そうかそうか。
ではこの続きが読めるのか。
楽しみだなぁ」

冥王は嬉しそうに言うと、

「山川はもう成仏したと思ってたけど、
まだ漫画描いてたんだね」

「あの人、
二十年以上だって知ってますか? 」

「えっ? 二十年? 
もう、そんなになるのか。
なかなか来世に行かないよね」

「そう思うなら、
何とかしたらどうですか? 」

「まあ、
彼女が納得するまでは難しいかな。
別に困ることもないし、
いいんじゃない。
それより」

「それよりって」

向井があきれたような顔をした。

「まあまあ」

冥王がなだめる様に笑った。

「この続きなんだけど、
私が先に、
ちょこっと読むことできないかね~」

「できるわけないでしょ。
来月号に掲載予定だそうですから、
待ったらいいじゃないですか」

「そうなんだけど、
異世界に飛ばされそうなところで、
終わってるから気になってしまって」

「大体、どんなお話なんですか?  
大正ロマンの、
ファンタジーだそうですけど」

「これが面白いんですよ。
主人公の還暦のおばあさんと、
ゾンビの少年が、
ゾンビ退治の旅をするんだけど」

「はっ? 」

向井は素っ頓狂な声を上げた。

年寄りとゾンビ少年でゾンビ退治?  

それで異世界にも行くのか?  

凄い設定だな。

「まあ、
とにかく向井君も担当したんなら、
読んでみなさいよ」

そういうと雑誌を向井に渡した。

「もしこれが連載になったら嬉しいね。
来月も雑誌宜しくお願いしますよ」

冥王はそれだけ言うと、
戻っていいよと手を振った。

向井は頭を下げると帰り際に、
“気取ったポーズの写真が”
トリアの言葉を思い出し、
壁にある写真に目をやった。

確かに、現冥王に比べると……

トリアが嫌がった気持ちを察し、
フッと笑った。

そしてドアの前でピタッと足を止めると、

「そうだ。
冥王、
あなたがソファに敷いているそのキルト。
真紀子さんが休憩室用に作ったものですよ。
次から代金頂きますからそのつもりで」

「えっ? 
みんな使ってるし、私も欲しいです」

「だったら、
材料費と手数料いただきます。
タダじゃないんですからね」

「心が狭いな~
時には寛大さも必要ですよ」

「それをあなたが言うとは」

向井はそれだけいうと部屋を後にした。
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