第20話 幽霊の給料

文字数 1,587文字

休憩室に戻ると、
牧野と早紀、田所は酔いつぶれ、
源じいはうたた寝。

真紀子だけが歌番組を見ながら、
編み物をしていた。

「みんな寝ちゃいましたか」

向井は笑った。

「源じいはずっと本を読んでたから、
疲れちゃったんじゃないかしら。
あとの人達ははしゃいで応援してたから」

真紀子は編み物をいったん止めて、
向井を見た。


真紀子は物言いも静かで上品な婦人だ。

会社をリストラされた後、
年齢もあって再就職が難しく、
過労だったうえに、
エスカレーターで上から、
人が倒れてきたので耐えられずに、
そのまま巻き込まれて亡くなった。

人生の後半は災難続きだったから、
ここでお仕事させてもらっているほうが幸せ。

真紀子はいつもそういって笑顔でいる。


人の幸せなんて、
計れるものがないのだから、
死んでいても今が幸せならそれでいい。

向井は特例の人間を見ていると、
いつもそう思う。

死んでいるのに精いっぱい生きている。

人間とは不思議な生き物だ。


「そういえば佐久間さんは? 」

「疲れたと言っていたから、
もう休まれたんじゃないの? 
向井君も疲れているんじゃない? 
今日はお休みしたら? 」

真紀子は心配そうな顔をした。

「まあ、俺達は死人ですからね」

向井が笑うと、

「でも、体力は消耗するわよ。
私なんか力仕事でもないのに疲れるもの。
あなたたちは、
息子や娘みたいな存在なんだから、
心配にもなるわよ」

「ははは。
俺の母親は真紀子さんのように、
おしとやかではなかったですけどね」

「あら、嬉しいこと言って。
何も出ないわよ」

真紀子はホホホと笑った。


「ところでそれは、
何を作っているんですか? 」

真紀子の手元を見て聞いた。

「ああ、これ? 
休憩室のクッションカバー。
早紀ちゃんが気に入って、
自分のお部屋に持ってちゃったのよ。
そしたら冥王も、
自分の執務室のソファーに、
使っているらしくて作ると無くなるから」

「ここの人達は自分勝手だから。
ちゃんとお金もらわなきゃだめですよ。
今度俺の方から冥王には言っておきます」

「助かるわ。
特に冥王はここのソファーカバーも、
持っていっちゃって。
材料費もバカにならないんだもの」

「だったら、
冥王に商品として売りつけちゃいましょう。
そしたら沢山手芸用品揃えられますよ」

「あら、それいいわね」

真紀子が笑った。


特例は調査室の会計課から、
給料を支給されるシステムになっている。

下界では現金が必要になる為、
それぞれに給料として支払われていた。

現金については、
冥界で管理されているので、
どのような流れになっているのかは、
特例も知らされていない。

派遣で得た現金も少ないながら、
冥界での資金に充てられているし、
まあ、分からない何かがあるのだろう。


ここには一応食堂もあるので、
冥界で働く死神も利用するが、
下界にいることの多い特例は、
テイクアウトして持って帰ってくる。

死人でありながら、
人間として一定時間地上にいる為、
空腹にもなるし、体力も消耗する。

死んでも生活の為に稼いでいるとは、
本当に笑い話である。


「そうだ。明日も下界に下りるわよね」

「はい、一応そのつもりですけど」

「だったらこの場所で、
これ受け取ってきてくれる? 」

真紀子はそういうと、
手芸店の名前が書かれたカードを、
向井に渡した。

「ちょっと前に買い物に行ったら、
その番号の刺繍糸がなくて、
取り寄せをお願いしたの。
そろそろ入荷されてるはずだから、
そのカードで商品もらってきてくれる? 
代金はもう支払ってあるから」

「いいですよ」

「このところ焼却数が多くて、
場所を離れられないのよ」

「わかりました」

向井がそういったところで、
冥王からの直通ブザーが鳴った。

これを持たされているのは、
向井だけなので、
いいようにパシリをさせられている。

「あらあら、大変ね。
早く行ってらっしゃい」

真紀子が笑いながら言った。

「今度はなんだろう。
俺は死神じゃないんですけどね」

向井は不平不満を言いながら、
部屋を出て行った。
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