第29話 死神ダンサー

文字数 1,301文字

「酒井くるみっていう子なんだけど……」

「えっ? くるみ君? 」

セイの顔が驚きに輝いた。

「なに? 有名人なの? 」

「大スターですよ!! サイン欲しいなぁ~
ダンスバトルの世界大会で、
優勝してるんですから」

セイが興奮気味に言う。

「彼が飛行機事故で亡くなったって、
ニュースが流れた時、
僕も泣いちゃいましたよ。
優勝して帰国するのに、
乗った便だったんですよね。
サロンで見かけなかったから、
光の渦で消去課にいちゃったかなって、
思ってたんですよ~」

「物静かな子なんで、
最初はダンスの舞台に立ちたいって、
言われたときには驚いたんだけど、
それほどのダンサーだったんですね。
心残りも当然か」

向井は、
死んでも踊ることに向き合っている、
十七歳の青年の姿を思い出しながら言った。

「とりあえずその社交ダンスの彼? 
君から見て、
ストリートに体の方はついていけそう? 」

「体力的には大丈夫ですよ。
ただ、ダンスの質が違いますから、
くるみ君が憑依後に馴染めれば、
全く問題はないと思います。
踊るのは彼ですからね」

「なるほど。で、その子はどれ? 」

タブレットをフリックしながら向井が聞く。

「えっと、これこれ、ティン。
年齢も一応二十二歳だから、
丁度いいんじゃないですか?
少し前まで西方面にいたんですけど、
中央に戻ってきたんで、
向井さんはまだ会っていないですよね」

「そうですね」

見た感じ、スタイルも顔もモデル系。

これがストリートダンスを踊ったら、
騒がれそうだなぁ~

「じゃあ、
彼がOKなら手伝ってもらえるかな」

「はいはい、ちょっと待っててくださいね」

セイが呼び出しをしている間、
向井は何をするともなく、
カウンターに背を向け、
窓の外を見ていた。


冥界の景色は何もない。

暗闇に明るい光が照らされているだけ。

晴れているのか曇っているのか雨なのか。

天気という概念がないので、
ここにいると時間が止まっているようだ。

しばらくすると、
セイがティンを連れて戻ってきた。

「一応簡単な説明はしておきました」

思っていたより小柄だが、
いかにもダンサーですという立ち姿と、
均整の取れたスタイルの、
綺麗な青年だった。

「健康的に焼けてるね」

向井が言うと、

「ひと月前までスケボーさせられてて。
ほら、あのスケボーの徳永選手?
彼が例の高難度のトリックを、
成功させないと成仏しないとか、
言ってたでしょ。
あれ、やっと成功して、
一週間前に消去課に行ってくれました」

「それは大変でしたね。ご苦労様でした」

「おかげで、
スケボーのスキルは上がりましたよ」

ティンが笑った。

「じゃあ、あとはくるみ君がOKなら、
憑依の方頼めるかな」

「はい、大丈夫です」

「今、サロンの方にいるんで、
一緒に来てもらえる? 」

「はい」

向井がティンと一緒に歩き出したところで、

「向井さん!! 
貸し出しにチェック入れてください!! 」

セイが慌てて声をかけた。

「いけない、いけない」

向井がチェックしながらサインをすると、

「あと、くるみ君のサイン。
もらって来てください。お願いします!! 
セイ君へって入れてほしいです」

「わかった。聞いてみるよ」

「お願いしますよ!! 」

カウンターから身を乗り出していうセイに、
手を振るとサロンに向かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み