探偵ボードレールと病める花々【探偵お茶会・2】

文字数 2,140文字

市井の労働者がいる。資本(お金)を持っていないか借金などのため、肉体的にも精神的にも過酷な労働をすることになる。彼は軟禁状態の現場のタコ部屋でくたくたになり、ストライキを起こしたり反旗を翻したり、その場から逃げ出そうとする。だが、失敗し、非業の死を遂げる……。
いきなり、どうしたの、お姉ちゃん?
今のは、わたしが即興でつくった「日本のプロレタリア文学」の、〈平均的なプロット〉よ。
ああ、『蟹工船』に見えなくもないね、さっきの梗概。
ナラティヴ・ストラクチャーってのがあって、要するにテンプレートは、特定のジャンルを集中的にある程度の文章量を読みこなしていけば、簡単にはじき出せる。そこから、〈自分なりの要素〉を取り込み、テンプレートを回避できるようになっていく。それが、『模倣(ミメーシス)』による『学習』のなかのひとつでもある。
『蟹工船』以外のマイナーなプロレタリア文学は、だいたい似た構造を持ったことが多い。なので、それを冒頭、即興で書いてみたの。小説から『ナラティヴ・ストラクチャー(物語構造)』へと抽象化させて、ね。
キャラクター分析においても、「そのキャラ自体」を「完全な独立したオリジナルな存在」として読んでいるかも、実は謎だ、という論議もあるのです。
〈類型的〉って言葉があるくらいだからね。現実でも、その場では〈類型的なふるまい〉をしてしまうひとって、いるじゃない。ステレオタイプ、ね。「何々のひとは何々に対し、おおかた、何々という意見を表明する」ってやつね。
ひとは他人を〈短絡化〉させてみるものなのです。そうじゃないと頭がパンクする、ってひとが多いのでしょうね。
そしてそんな風に断言しちゃうみっしーもまた、類型的な人間の意見なんだねっ!
その通りなのです。だから、パクリとかパクリじゃないって話は、現代でも、問題の俎上に乗りやすいのです。
ある規範モデルがあって、それを内面化して、そこへ自己を高める行為を模倣(ミメーシス)と言った場合、それは世の中にあふれているものだ、と言えるわ。あふれていて、ありふれている。
弟子が師匠の優れた業を真似て、学習する。この模倣は「まねび」=「まなび」なのね。「学び」。そしてこれが広義の教育活動よ。
古代ギリシアでは、芸術作品の創作活動は〈模倣活動〉と呼ばれた。絵画、叙事詩、演劇、人形劇などは、日常必需品をつくる技術活動と同じ〈技術的活動〉だった。
ただ、『国家』のなかでプラトンは、模倣活動を恐れたのですよ。
最良の肖像画は死者をあたかも生きているように見せる。生と死を混同させる。言いかえれば、模倣は生と死の両義性を出現させ、差異の体系を混同させてしまう、としたの。故に、模倣とは恐ろしいものである、と。
最良の模倣とは「そっくりなもの」=「分身」をつくる。この分身とは、「お化け」なのですよ。それは、カオスを生み出すのです。プラトンはそのカオスの引き金を引く模倣を恐怖したのです。
社会的欲望とは、他人の欲望を模倣すること、と言えるわ。弟子は手本をまねるなかで、「分身」をつくりだす。そして、模倣の極致は分身と分身の対決ね。
〈分身化〉は、個人の場合、狂気を引き起こす。社会の場合には無差別の暴力的敵対状態を引き起こす。我が強い人間は嫉妬に駆られ自滅か他者殺害に走ることさえある。
つまり、プラトンが直感した模倣が生み出すカオスへの恐怖は、ある意味で正しかったのです。
今、わたしたちがやってる『探偵ボードレールと病める花々』にひきつけて言うと、「群衆」は似た者同士のカオス的分身状態なのよ。資本主義経済の一般的傾向はひととものを量的存在として同質化するけど、同質化は平等化ではなくて、分身化を指すのよ。
二十世紀に現出した群衆は模倣の欲望に駆動され、ナショナリズムのイデオロギーのなかに溶解した分身たちだったのです。それはファシズムなど、極めて暴力的政治勢力を形成してしまったのですよ。
今回のお話は、令和の最初の夏に語ることになってしまったのが、タイムリーで、わたしはなんていう言葉を出せばいいのか、わからなくなるなぁ。
サンプリング! カットアップ!! リミックス!!! なのですよ?
はいはい。そうですね。(ため息を吐く)
と、いうわけで、アウラを定義し、アウラのランク付けをしたベンヤミン。複製品の時代になったのと呼応してね。そして、そこから着想を得たハイパーリアル世界のシミュラークル。原本の所在が溶解したかのような世界で、模倣されたものでその世界は埋め尽くされる。模倣技術の行く先……。広義の教育がミメーシスであることは疑いようがない。そこでわたしたちはそれらとどう、向き合っていかなくちゃならないのか。
今やってるボードレールさんのお話で、少しはそれを整理できたらいいねっ!!
最良の模倣とは「そっくりなもの」=「分身」をつくる。この分身とは、「お化け」のこと。それは、カオスを生み出す。そして、生み出された〈お化けで埋め尽くされている〉のが〈現代〉なの。わたしたちはそれを忘れちゃダメね。そのお化けの理論がつくられるきかっけとなったのが、ベンヤミンの思想なのよ。
考えるには、時間がかかるのです……。
   番外編、終わり。


   本編へつづくわ!

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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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