アンチ・ヒーローよ語れ、ピカレスクの華を(中)

文字数 2,388文字

おいしい!
え? あ? はい? うん? なにが?
イカソウメンを焼いてマヨネーズつけて食べるとすごくおいしい!
キッチンでなにしてたのかと思ったら、イカソウメンを焼いていたのね。
うん!
イカソウメンを焼いてマヨネーズをつける。バーナーで焼く手間をかけられるかどうか、これは重要なのです。ひと手間かけられない人間にキャラクター造型は向いてない……つまり、小説書きに向いてない、ということなです。
私小説は。
私小説はデフォルメをかけるのですよ。それゆえに現実との軋轢が生まれ、難しいジャンルになっているのです。
主人公論の話、だったわね。
主人公のことを、プロタゴニスト、と呼ぶのです。特に純文学や中間小説と呼ばれるジャンル、『現代もの』とか『現代ドラマ』の主人公はプロタゴニストでしょう。一方、ジャンル小説の場合は、ヒーロー/ヒロインと呼ぶ場合があるのです。
その昔、中世ヨーロッパには『騎士道物語』という『物語文学』が存在した。その主人公たちはヒーロー……英雄そのものだった。だけど、それを終わらせたのがセルバンテスね。
かの有名なセルバンテス『ドン・キホーテ』なのです。風車をドラゴンに見立てて突っ込んでいったりするお話です。それにより、騎士道物語はその終焉を迎えたとされるのです。
セルバンテスが描いたのはアンチ・ヒーローでした。作品の中心人物でありつつ、伝統的なロマンスや叙事詩のような英雄的偉大さや高貴さに欠ける人物。フローベールのボヴァリー夫人もその系譜です。
なお、『ユリシーズ』はそれ自体がホメロスの『オデュッセイア』のパロディなので、ユリシーズのブルームはアンチ・ヒーローなのは当然だったのです。それに、セルバンテスだってドン・キホーテを騎士道物語の滑稽なパロディとしたのですから、アンチ・ヒーローなのもまた必然的にそうなったのだと思うのです。
ユリシーズのジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』なんか、反小説(アンチ・ノベル)だもんね。違うかな?
反小説はアンチ・ロマンのことを指すことが多いようなのです。ジョイスは実験小説や前衛小説というくくりの方が無難のようなのですよ。
自然主義文学があり、そのアンチとしてヌーヴォーロマンという反リアリズム文学が生まれたのです。ここらへんを指す言葉に適用されることが多いようなのですよ?
自然主義が日本に入ってきて、ガラパゴス化したのが私小説、という話もあるわね。
ヌーヴォーロマンはプルースト、カフカ、ジョイスのさらに先を行こうとしたようです。ロブ=グリエやミッシェル・ビュトールあたりは日本でも紹介されてるのです。ヴィレヴァンあたりに平積みになってたりする大御所作家さんたちなのです。
うん。サブカル扱いされるわよね、読むって行為がストーリー(物語)を追うのと違う意味合いだもんね。
その通りなのです。物語とは、主人公がいないと語れないことがほとんどなのです。散文詩と小説は違うのです! そのなかでの、反小説の企み。
逆に、SF小説、ニール・スティーヴンスンの『スノウ・クラッシュ』の主人公の名前が「プロタゴニスト」で、主人公は電脳世界で刀振り回して戦うのにヒーローと呼ばないでプロタゴニストなのがギャグだと気づくまでにずいぶんかかったっていうこともあったわ。
そう、電脳なのですよ!
みっしー、あんたは黒丸尚文体大好きでしょ。
な、なぜそれを! エスパーだったのですか!
精神感応は持ってないわ。
くっ! SF用語で対抗してくるとは。と、ESPじゃなくて電脳の話です。黒丸尚先生が翻訳したウィリアム・ギブスンの電脳三部作(スプロール三部作)を覚えているですか、理科。
んん? 電脳コイル?
今でこそ電脳コイルはグーグルグラスとか出てきてオーギュメンテッド・リアリティだ、って理解がされてますが、辿っていけばあの手の作品で一番有名なのはギブスンの新三部作のうちの一作品『ヴァーチャル・ライト』ですね。新三部作のうちの、『あいどる』でヴァーチャルアイドルと結婚するひとがでてきますが、今となるとミクダヨーさんを彷彿とさせるのです。
話が逸れたけど、電脳空間三部作がどーしたのよ、みっしー。
もともと映画『マトリックス』は電脳三部作の『ニューロマンサー』を映画化する予定だったのが、「ピカレスクだからダメ!」と、当時のハリウッドの暗黙の規則によってシナリオ書き直しされた、という経緯があって生まれたものなのです。
ピカレスク。悪漢小説のことね。ピカレスクとアンチ・ヒーローは違うのよね。本当は。だから、『一方通行(アクセラレータ)』は、アンチ・ヒーローって呼ぶのはちょっと違う、……っと、重箱の隅をつつくのはやめましょうか。
「英雄的資質と著しく反する行動を取る」というアンチ・ヒーローの定義をどう解釈するかによるのですよ。その意味では、理科が思う、スノッブ(俗物)をヒーローのアンチと考えるのと解釈が違うのだと思うのですよ。アンチ・ミステリにしても、同じように定義づけによってかなり違うのです。
そして定義づけもなにも、アンチ・ミステリはキャッチコピーの側面が大きいので、「どう流布するか」が、言葉にとって重要なのは確かです。一概にはなんとも言えないのです。学説論争でもしてりゃいいのですよ。
そして、プロタゴニストの対になるのが、アンタゴニスト(敵対者)、ね。
お姉ちゃんとみっしー。お風呂湧かしたよー。お風呂入りなよー。
話がプロタゴニストに移ったところで、「英雄譚」ってなんだよ? という話をするのです。
それじゃ、お風呂からあがったら、続きを話そう。……しかし、ここで中断となると「一体なにが言いたいんだ?」ってなるわね。
はいはい。いつまでもしゃべってないで二人とも、お風呂に入るのー!
話は、あともうちょっとだけ続くの。

良かったら、もう少しのお付き合いを。


と、いうわけで、つづく!

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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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