探偵ボードレールと病める花々【第十三話】

文字数 1,202文字

前回の続きね。「生理学もの」の衰退と、ボードレールによるエドガー・アラン・ポーの翻訳。ポーの革命的な新技術〈探偵小説〉に、話はつながっていくわ。
行政的管理の進展を、当然ながら、技術的方策が助けたのです。人間を同定する仕方は、この頃はベルティヨン方式が標準的になっていたのですが、もともとは署名によっていたのです。同定方法の歴史の上では、写真の発明が新紀元を開いたのでした。それは〈犯罪学〉にとって、〈文学〉にとって、印刷術の発明に劣らない、大きな意味を持ったものだったのです。
ある人間の痕跡を長期的かつ明察に定着することを、写真は初めて可能にしたのです。〈探偵小説〉が成立したのは、人間の匿名性に対する様々な侵略のなかでもっとも痛烈だった侵略が、地歩を固めたときなのです。それ以降、人間の言行を捕まえようとする努力は、尽きることを知らなくなったのでした。
例えば?
ポーの有名な短編『群衆のひと』には、〈探偵物語〉のレントゲン写真のようなところがあるのです。
まとっている衣裳、つまり〈犯罪〉が、この短編では欠落しているのです。残っているのは、骨組みだけ。追跡者、群衆、ひとりの未知の男。
この男はいつでも群衆のなかにいるように道を取っているのです。この未知の男こそ〈遊民自体〉なのです。ボードレールも、そう理解していたのです。
ボードレールの好きな孤独は、群衆のなかの孤独だった。伝えられるところによると、呪わしいブリュッセル滞在のおりに、ボードレールには、いろいろ不足していたのだけれど、とりわけこたえたのは、次のことだったと言うわ。
「飾り窓がひとつもない。想像力を持つ人々が愛する遊歩は、ブリュッセルではできない。見るものがなにもないし、街頭は使い物にならない」と。ボードレールは孤独を愛した。でも、こんな孤独じゃなかったのね。ボードレールが愛したのは、群衆のなかでの孤独だった。
ボードレールのパリは、後年には橋が架かるところにもまだ渡し船があって、セリーヌ川を横切っていたのです。ある企業家は、資産のある住民たちの便宜のため、500挺の籠を周航させる着想を、ボードレールの没年にやっと実現できた、という。そのくらいの時代のお話です。
パサージュはまだ愛好されていて、そこでなら遊民は歩行者を歯牙にもかけないで行く馬車を、見ないで済んだのです。群衆に割り込んでくる通行人もいたのですが、いまだ遊民もいて、その〈空いた空間〉を私的に利用しようとしていたのです。
ジュール・ラフォルグがボードレールについて「首都の生活者たるべき劫罰を日増しに決定づけられていく者」として、パリを語ったのはボードレールが初だった、と言っていたそうよ。ベンヤミンはそう、書いているの。
それでは、群衆のなかのボードレールについて語っていくことにするのです。ボードレールを惹きつけ続けた、ひとの群れのなかの、その哲学と詩を。
   つづく!!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色