地下室からのコナトゥス【第一話】

文字数 1,671文字

さて。フランス・ポストモダンを席巻した「スピノザ対ヘーゲル」の図式ですが、その構図を取らないことが、ジュディス・バトラーの難解なテクストを読み解くのには、重要なものとなるのです。
『欲望の主体』のなかでバトラーはスピノザをヘーゲルの「先行者」として位置付けているのです。
そこはなんとなくわかる。ポストモダンのほかのひとの文脈だと、ヘーゲルを「全体性の思想家」とみなす。けど、バトラーはヘーゲルを「脱ー自の思想家」とみなすのね。
理科が今言ったことを言い直すと、「ヘーゲル的主体」を、絶えず自己をその内部に見出し、「全体」へと至ることのない主体である、と解釈している……と言えばいいですかね。バトラーがヘーゲルのスピノザ批判を取り上げるのは、このような文脈においてなのです。
スピノザは、有名な『エチカ』を書いた思想家。親の地下室の中で『エチカ』を読んでいたバトラーの、そのエピソードから、ジュディス・バトラーの話は始まるのね。もちろん、個人史的なことを語らないわけにはいかなくなるけど、バトラー『ジェンダー・トラブル』を語る前に、その前のテクスト『欲望の主体』について語る必要もある。今日はその話をすることになりそうね。
スピノザの『コナトゥス』とは、「自分の存在に固執しようとする努力」を指すのです。(『エチカ』第三部、定理七より)
バトラーはスピノザのコナトゥスの思想を「絶望のなかでさえ固執する生気論」と形容する。
バトラーにとって「哲学」はその出会いの時点から「いかに生きるか」という問いと切り離し得ないものだったのね。……絶望のなかでさえ固執する生気論。スピノザの破門の話を、なにかと重ね合わせたのかしらね。
早とちりはいけないのです。まずはシナゴーグで授業を受けることになったときのバトラーの話をするのですよ?
シナゴーグで「哲学」を学ぶことになったとき、バトラーは「このチュートリアルにどんな勉強がしたいかと尋ねられた時、なぜスピノザはユダヤの共同体から破門されたのか」を勉強したい三つのトピックのひとつとして挙げたのです。
「彼の破門は、その当時彼が属していた共同体における語りえぬものの境界線を描いている。それは結果として、いかに共同体が語りえぬものを確立することを通してそれ自身を定義するかを示している」と、バトラーは言うのです。
語りなおすのですよ。社会的な規範から排除された者が「生存」し、なお「承認」に値する生を送ることが可能になるのはいかにしてか。
その問いが、「破門」に関心を抱いた背景にあるのではないか、ということなのです。言い忘れましたが、ダイレクトに言うと、バトラーはセクシャル・マイノリティなのです。
ちなみに、みっしーの話にちょっと出てきた『語りえぬもの』っていうのは、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』での最後の命題「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」からの言葉ね。この命題は形而上学の終焉を告知する言葉として広く知られていて、現在でもしばしば引用されるから、注意してね。
バトラーは学生時代、フェミニズム理論、レズビアン・ゲイスタディーズに取り組み、学内でアクテヴィニズムに参与するようになるのです。
それは、真理を探究する「哲学」の営みは、必ずしもその知に従って倫理的に生きることと結びつかない。「生」は「哲学」の「他者」。そのギャップを埋めることはできない。
要するに「哲学」によって「生」を救済することはできない、と。しかし、バトラーはそれでもなお「哲学に実存的で政治的なジレンマを委ねる」のです。その立ち位置が、学内でのアクティヴィズム参与につながるのですね。
でも、同時にヘーゲル哲学にも取り組むのよね。
なぜかといえば、ヘーゲルへの関心の規定には、社会的承認の構造化された「他者」の問題があったからなのです。
今回はいきなり始まっちゃったけど、ジュディス・バトラーの難解なテクストを読み解くためのアウトラインを引けたらいいな、と思ってる。長丁場になりそうだけど、頑張るわね。
と、いうわけで、次回へつづく!
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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