馴れ初め乙女(下)

文字数 3,064文字

これはボクとちづちづの、嬉し恥ずかし馴れ初めのお話なのです。
お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!
え? なに? まだ眠いんだけど。もう少し眠らせて……。
あのねあのねあのね!
む、むぅ~。なんなの、こんな朝っぱらから。……って、まだ四時半じゃん。眠らせて。
わたし、発見しちゃったんだ! 大発見!
むぅ……。なにそれ、騒ぐことなの、こんな時間に。
あのね! じゃじゃ~ん! なんと、『イカソウメンはそうめんじゃない』んだよ! 同様に『メロンパンもメロン味じゃない』んだよ!
へ……へぇ。うん。それね。わたしも知ってた……。
お姉ちゃんも知ったの! じゃあ、共同研究の結果だねっ! これで来年の『イグノーベル賞』はわたしとお姉ちゃんのものだね!
うぅ。それ、どーみても言葉遊びじゃんか。科学舐めるとマッドサイエンティストたちのモルモットにされるぞ。
えー。ロマンがないなー、お姉ちゃんは。
イカソウメンのどこにロマンがあるんだ……、もう少し眠らせて。ぐーぐー。
あー。お姉ちゃん、二度寝しちゃった。仕方ないなー。散歩してこよーっと。
と、いうわけでちづちづは早朝四時半、まだほの暗いなかを、コンビニに向かい、歩いていったのです。

理科とちづちづの住んでいるアパートは木造二階建て。その二階に二人で住んでいたのです。

階段を降りてアパートを出ると、狭い路地。野良猫とちづちづしか、この時間のこの場所を歩いていない。

ですが、ひとりの男が、理科とちづちづの部屋の「張り込み」をしていたのです。

そしてまた。

ボク、死神のみっしーも、少し遠くでそれを眺めていたのです。

イカソウメンはそうめんじゃない~、るるる~♪ るる……る、るー……、うぅ、一人きりで路地をこんな時間に歩くの、ちょっと怖いな……。悪い人が現れたらどうしよう……。
ちづちづお嬢様。お迎えに参りました。
うぎゃー! だ、だ、だ、だ、誰なのかな? 誰さんなのかなっ? 怖いよ! 今わたし、ものすごく怖いよ!
イカソウメンはそうめんじゃありませんね。メロンパンもメロン味じゃない……。
ふぇぇぇ……。もうしかして、部屋での会話が聞こえちゃってた!?
いえ。盗聴しておりました。
ひー!
その他、各種データの採集を日々、我が班が行っております。
ひ、ひひぃ。怖い怖い怖い……、あ、あ(こんなときに限って声が、大きな声が出せないよー)。
ご乱心のご様子。ですが、わたしくしめは、いたずら狙いの変態ではありません。……こう言えばいいでしょうか。田山馬岱様からの使いだ、と。どうです、田山ちづお嬢様?
田山馬岱。お父様……からの使い?
田山総合病院理事長・田山馬岱。これ以上説明する必要はないでしょう。ご実家に戻られますよう、お願い申し上げに参りました。
戻らないよ!
なぜ?
医大を出たのはお姉ちゃん。わたしは中学生だし、進路は進学校にはしない。大学だってたぶん行かない! わたしは一日も早く働いて稼げるようになって、家計を支えてお姉ちゃんと二人で生きていくの! 決めたんだもん。わたしの病気のことを考えてお姉ちゃんが田舎暮らしを一緒にしてくれたのに、報いらなくちゃならないって。 
次期理事長は、あなたです。ちづお嬢様。
お姉ちゃんだって、もう病院には戻らないからね!
理科様のことは申しておりません。次期理事長は、あなたに決定しているのです、お嬢様。
ど、どうしてわたしなの? それに、あなたが馬岱お父様からの使者だなんて、嘘かもしれないじゃない。
強情なお人だ、お嬢様は。よろしいですか? 理科様は、あと半年後にはお亡くなりになられます。
はい?
肺病を患っておられるのです。余命は半年と宣告されました。ほかの誰でもない、馬岱様に。今回のお二人の逃走劇は、理科様が最後に、自分の大好きな『絵描き』を、優美な自然環境の中で行うために、起こしたものなのです。お嬢様。お戻りになられてください。皆、お嬢様の帰りをお待ちしております。
え? あ? え? う、うそ……でしょ。
そこまでなのです、盗聴魔!
だ、誰だ!
縁切り死神・みっしーなのです!
縁切り? 死神?
チッ! 十王庁の者か!
ふふふ。お医者ワールドの人間だけあって地獄の十王庁についても詳しそうですね、この覆面野郎。この大鎌でさっさと斬られ……うぎゃー!(注射を刺される)
(注射針をみっしーから引き抜き)悪く思わないでください、軽い神経毒です。そこで這いつくばっていてもらいましょう。さ、お嬢様。今、ちょうどお嬢様の『捺印』が必要なのです。
ちづちづを引っ張る覆面の男。田山馬岱の使者。こいつは近くの駐車場に停めてある黒塗りの車にちづちづを乗せるつもりだったのです。神経毒は死神にも効く。ボクは力を振り絞って、大鎌〈ハネムーン・スライサー〉を振りかぶったのです。
グワハッ! あ、あ、あ、あぎゃー! あ、頭が割れる! 痛い痛い痛い!
田山馬岱との「えにし」を切ったのです。記憶はなくなるのです。
その場に倒れる馬岱の使者。

こいつはもう、放っておいても大丈夫。


ただ、ボクはちづちづの記憶も消そうと思ったのです。


ボクの今日の本当のミッションは、田山姉妹の、姉妹の縁を断ち切ることだったのです。死に別れする前に姉妹の縁を切ってなくすこと。

しかし、ボクはこの田山ちづという少女に、同情したのです。だから、「この町に住み始めた理由」について、記憶を大鎌でスライスして、抹消させたかったのです。このまま、帰らせるわけにはいかなかったのです。住み始めた理由なんてものは、知らなくてもいい事情です。

「わたしのためにお姉ちゃんは引っ越しをしてくれた」。それでいいはずです。姉の個人的事情によって引っ越ししたなんて記憶はこの娘にとって邪魔です。ましてや、余命半年なんて……。

だから、そんなことは忘れて、あとで縁を切るだけにしたかった。

今あったことをなしにさせる。ボクにはそれができるのです。

ハネムーン・スライサー!!(大鎌を振りかぶる)
きゃー!
倒れるちづちづ。


ボクは気を失ったちづちづを背負って、アパートの前まで運んだのです。


あとは、田山姉妹の姉の方に大鎌を振りかぶればそれでおーけい……だったのですが、神経毒がちづちづを背負ったことによる血行の促進で体中に回ってしまっていたのです。


少し休もうと、アパートから離れ、千鳥足で歩いていると、電信柱の横にあったポリバケツで足を躓いてしまい、盛大にぶっ倒れ、気を失ってしまったのでした。

      一時間後。
あれ……なんでわたし、こんなところで倒れて……。あ、散歩しようとしてたんだった。このまま部屋に戻るのも恥ずかしいし、少し歩こう。
と、そこで。ちづちづはボクを、倒れて突っ伏しているボクを見つけたのです。
だ、大丈夫ですか!?
う……あ、……あいらびゅーん。
これが、ボクとちづちづの出会い、なのでした。


完全にノックアウトだったのです。ボクはこの少女に恋をしたようです。


最前の覆面の話したことはきれいさっぱり忘れたはずのちづちづ。

いずれは田山姉妹の縁を断ち切る必要が、ボクにはある。……だって、それがボクの仕事だから。

でも、死神の仕事を先延ばしにしたいと思ったのです。

そして、「田山理科は余命半年だ」と知らないで別れてほしい、ということを、ボクは願ってしまったのです。

ボクは縁を切って、時に魂を運ぶ、十王庁の死神なのです。

田山理科は死ぬし、その前に縁切りをしないとならないのです。

できれば、この姉妹にはきれいな別れをしてほしいと思うのです。



そう、ボクが田山姉妹のところに居候している本来の目的は……。



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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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