馴れ初め乙女(下)
文字数 3,064文字
理科とちづちづの住んでいるアパートは木造二階建て。その二階に二人で住んでいたのです。
階段を降りてアパートを出ると、狭い路地。野良猫とちづちづしか、この時間のこの場所を歩いていない。
ですが、ひとりの男が、理科とちづちづの部屋の「張り込み」をしていたのです。
そしてまた。
ボク、死神のみっしーも、少し遠くでそれを眺めていたのです。
こいつはもう、放っておいても大丈夫。
ただ、ボクはちづちづの記憶も消そうと思ったのです。
ボクの今日の本当のミッションは、田山姉妹の、姉妹の縁を断ち切ることだったのです。死に別れする前に姉妹の縁を切ってなくすこと。
しかし、ボクはこの田山ちづという少女に、同情したのです。だから、「この町に住み始めた理由」について、記憶を大鎌でスライスして、抹消させたかったのです。このまま、帰らせるわけにはいかなかったのです。住み始めた理由なんてものは、知らなくてもいい事情です。
「わたしのためにお姉ちゃんは引っ越しをしてくれた」。それでいいはずです。姉の個人的事情によって引っ越ししたなんて記憶はこの娘にとって邪魔です。ましてや、余命半年なんて……。
だから、そんなことは忘れて、あとで縁を切るだけにしたかった。
今あったことをなしにさせる。ボクにはそれができるのです。
ボクは気を失ったちづちづを背負って、アパートの前まで運んだのです。
あとは、田山姉妹の姉の方に大鎌を振りかぶればそれでおーけい……だったのですが、神経毒がちづちづを背負ったことによる血行の促進で体中に回ってしまっていたのです。
少し休もうと、アパートから離れ、千鳥足で歩いていると、電信柱の横にあったポリバケツで足を躓いてしまい、盛大にぶっ倒れ、気を失ってしまったのでした。
完全にノックアウトだったのです。ボクはこの少女に恋をしたようです。
最前の覆面の話したことはきれいさっぱり忘れたはずのちづちづ。
いずれは田山姉妹の縁を断ち切る必要が、ボクにはある。……だって、それがボクの仕事だから。
でも、死神の仕事を先延ばしにしたいと思ったのです。
そして、「田山理科は余命半年だ」と知らないで別れてほしい、ということを、ボクは願ってしまったのです。
ボクは縁を切って、時に魂を運ぶ、十王庁の死神なのです。
田山理科は死ぬし、その前に縁切りをしないとならないのです。
できれば、この姉妹にはきれいな別れをしてほしいと思うのです。