小説家は詩情を持ちつつそれを隠せ【第一話】
文字数 1,447文字
ただいまー、なのです。あー、死神のお仕事は疲れるのです。なんで人間という奴はくそったれなのが多いのですかね。
あ、みっしー。おかえりー。今日はお仕事だったんだね、めずらしいね。
みっしーは仕事だと言ってるけど、みっしーの話は半分くらい嘘だから、気にしないほうがいいわよ、ちづちづ。
ふん。そんなことを疲れて帰ってきたボクに言う理科もくそったれなのです。正直人間と畜生の区別がつかないのですよ、ボクは。
わたし、みっしーもお姉ちゃんもくそったれだと思うな。うん。とてもダメなひとだよ。
ところで理科。手に持っているその本は萩原朔太郎の詩集じゃないですか。どうしたのです、いきなり?
たまには詩も読もうと思ってね。学生時代はよく読んだものよ。師匠の影響で、ね。
お姉ちゃんのお師匠さんかぁ。エンマちゃんと似ている顔をしているっていう。お姉ちゃんからお師匠さんのお話はたくさん聞いているからわたし、知っている気がしちゃっていたけど、一回も会ったこと、ないんだよねー。
まったく、師匠は今頃どこをほっつき歩いているのやら。
ところで理科。萩原朔太郎の詩のなかでフェイバリットなのはどれですか?
朔太郎さんは『口語自由詩』を完成させて、高村光太郎さんと並び評されてるって、学校で習ったよ。
ちづちづは学校でそんなマメ知識を学んで偉いのです。あとでボクといいことしましょう、なのです。たっぷり可愛がってあげるのですよ?
わたしの妹に手を出すと痛い目見ることになるわよ?(ペインティングナイフを構える)
ほほぅ、いいでしょう、理科。受けて立つのです!(大鎌『ハネムーン・スライサー』を構える)
やめて、二人とも! わたしのために血を流さないでっ!
(ちづちづ、絶対このセリフを言いたかっただけだな……)
(絶対にこのセリフを言いたかっただけですね、ちづちづ……)
そりゃそうなのですよ、ちづちづ。萩原朔太郎の『氷島』は、文語詩集なのですから。
まあ、文語詩も書きたいでしょうよ……と、言いたいところだけど、事情がいろいろあってね。朔太郎は『日本への回帰』と評論でも言い出して、文語詩の『氷島』などを発表していくことになるのよ。
『月に吠える』や『青猫』とか、かわいい名前の詩集が多いのに、日本への回帰って言いだしちゃうんだー。
かわいいには、小説の『猫町』も、そこに加えるといいのですよ、ちづちづ。
朔太郎はマンドリンの演奏など、西洋音楽をやっていたのです。北原白秋主宰の『ザンボア』に詩が掲載され、そこで室生犀星を見出して生涯の友人になったのです。その後、朔太郎は、室生犀星とつくった詩誌『感情』を創刊させ、独自に開拓した詩をまとめたのが『月に吠える』です。その次の詩集『青猫』で「日本口語自由詩の完成者」と呼ばれることになるのです。
ですが、理科。理科が詩集を読んでいるということは、もちろん〈意図〉があるのですね?
ええ、そうよ。……詩と小説の最大の違いはなんだろう、そして、小説と散文詩の境界線はどこにあるのかしら、とね。そう思って、リーディングしてる。
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