廃園の亡霊のために【第二話】

文字数 2,019文字

スキゾフレニアは社会的な病である、という旨を、ドゥルーズ=ガタリは『アンチ・オイディプス』の中で書いたのです。
あれはあきらかにアントナン・アルトーが書いた「ゴッホはこの社会が殺した」っていうことを受けての発言だった、とわたしは思っている。
『器官なき身体』も、アルトーの言葉なのですからねぇ。ガタリの『草稿』、読みたいですねぇ。
さて。精神病を適応の〈失敗〉とか、現実の〈喪失〉とか、分別の〈欠如〉などと捉える姿勢についてはどう思うのです、当事者としての、理科に訊きたいのですよ、ボクは。
言うまでもないわ。それはおかしい。精神的に病んでいる人間は〈人格的に劣悪〉だ、という話になるよね、それ。
あら探しのように精神病の徴候を探したり、医者の理論に合うように患者を分類する。そうじゃなくて、病んでいるひとの在り方を、そのまま全体として了解すべきだろうね。
エンマちゃんにも言われたよ……。
狂気、および狂気に至る過程を了解可能なものにしなさい、ということを、言われたのですね、理科。
話が早いじゃない。そういうことよ、みっしー。
やっとボクが死神少女だということを認めたのですね。
さぁね。知らないわ、そんなこと。
そうなのですか。ま、いいでしょう。
医者としても「患者の行動とは、ある程度精神医学者の行動の関数である」というのを引き受けてスタートするものなのです。あくまで人間的な病であり、ひととひとの間の病、関係性の病なのですから、当然なのです。そこに「人格侮辱の言葉」を吐くこころで接してはならないと思うのですよ。それは、相手にも伝わるのですから。伝わらないと思う方がばかげているのです。
話を戻すわね。『肉化されざる自己』とは。統合失調気質の人格に於ける基本的な分裂は、自己を肉体から切り離している亀裂である、とR.D.レインは書いた。
「自己」と「肉体=世界」の間に、亀裂が走った状態ね。
この分離は、〈私ー感覚〉が肉体から切り離されて、肉体が〈偽自己ー体系〉の中心になるという形で、そのひと自身の存在を真っ二つに引き裂くのです。……引き裂かれた自己、とはよく言い現わしたものですね。
あらゆる経験は、その〈彼〉の存在の内部では、その亀裂に沿って〈自己〉と〈肉体〉にわけられてしまうのです。
この基本的な分裂がある場合、あるいはさらに進んで、〈自己〉と〈肉体〉と〈世界〉という縦断的な分裂がある場合、〈肉体〉が占める位置は曖昧になっていってしまうのです。
区分的には、内部である「わたし」と、外部である「わたしじゃないもの」に分断されてしまうのね。
統合失調気質の亀裂は、「私」という感覚を〈非肉体化〉することによって正常な自己感覚を崩壊させるのです。〈ここ〉と〈そこ〉、言い換えれば〈内部〉と〈外部〉との境界の混同、消失、混乱の種はそれによって蒔かれるのですよ。
なぜならば肉体は「私でないもの」に対する「私」として、しっかりと「感じられない」からなのです。
じゃあ、どうするのか、だな。
独立した完全な人格の間での関係性と独立性にまつわる問題が正常に処理されることができるのは、肉体が他人と区別されうる場合に限られるのです。
その場合は、自己は〈防衛的な超越〉のうちに閉じこもる必要はないのです。あるひとそのものになりきらなくても、そのひとのようになることができる。自分の存在と他人の存在を混合、融合しなくても、感情を共有することができる。〈ここ〉のわたしと〈そこ〉のわたしでないものとの、明確な区別が確立することによってのみ、このような共有は可能となるのでした。
〈防衛的な超越〉っていうのは、前に話したこともある、「自己は語られうるものであってはならない」という、『肉化されざる偽りの自己』=『内的自己』のひとの頭の中にある、自分が超越的存在であるべきだって考え方のことね。捉えどころのなさを信条とするような。
今話した段階での統合失調症にとって特に重要なことは、内部と外部に存在する微妙な点を識別し、真の自己を表現したり暴露したりしているものを、分析することなのです。そうすることによって、自己は『肉化された自己』となるのです。
肉化された自己へと自分を戻すことも、できるのね。お薬だけでどうにかしましょう、って立場だけからじゃでてこないかもしれないけど。
人格が荒廃してしまったあとでは、どうにかなる話ではないので、食い止めるためにも、投薬は必要だとは思うのですけどね。
でも、この話は「黙ってじっとしている」話ではないのです。「行動」を起こすのが前提となっているのです。こころもからだも環境を自分で変えなくては、話が進まないのです。臨床は大事なのですよ? 無駄に大量に出る処方箋のお薬問題は、ここでは扱いませんが。
なるほどね。社会的な病とも言い換えられるけれども、ひととひとの関係性の病、と呼ばれるのがわかるわね。それを踏まえて、次に進みましょうか。
   次回へ続く!
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色