樹海の糸

文字数 2,584文字

ナショナリズムとパトリオティズムは違う。根本的に違う。パトリオティズムは、郷土愛に近いニュアンスの祖国愛で、ナショナリズムとは全く違う。
ふーん。(メロンパンをかじりながら)モグモグ。お姉ちゃん。熱くなってどうしたの。寒いよ。
確かに、熱いのか寒いのかわからないのです。もう、いっそのこと、一生の間、嗤う日本のとかプチナショとか読み返してればいいんじゃないですかぁ? そういう話題は時間が経ちすぎて辟易なのです。発展性ないのですよ。それに理科。そういうのが『迷走』してるっていうのです。この前近所のやんちゃな輩と戦った前後あたりから完全に迷走してるのですよ、脳内が。
いや、うん。そうだね……。なんか言わないといけないような気がして。
生兵法で大怪我しまくってんのにまだ懲りてないんですかぁ? そういうのは啓蒙大好きな方々に任せるのです。理科はただの絵描きなのです、しかも神絵師でもなんでもないのです。
使命感に燃えるのは、やめたほうがいいんじゃないの、お姉ちゃん。誰もお姉ちゃんに期待なんてしてないよ!
うん、うん。そうだね。歯に衣着せない言い方でぐさりと胸に刺さったよ。ストレート過ぎで。うん、うん。そうだね。そうなんだけど……。
わたしもみっしーと同じで、最近のお姉ちゃんは迷走してると思うなぁ。お茶飲み話の感覚で話そうよ! その地雷を踏んでいくスタイルはやめようよ! ね?
ウィリアム・バロウズは「言葉でひとは殺せる」と言ったらしいのですよ?
ブーメランが戻ってきて、殺されちゃうかもしれないってことでもあるよね。
口は禍の元なのです。ボクが死神なのを忘れては困るのです。言葉の使い方を誤ったせいで自滅したのをたくさん見てきたのです。浮かばれないですよぉ、そいつらは一様にして。なにかを間違えても、エリートは後ろ盾がいるものだから大丈夫であることが多いのですが、理科を守るひとなんていないのです。しかも、ボクが愛するちづちづを守る役目があるのは姉である理科の役目。全く、自分の身の回りのことをよく考えるのですよ、理科。とばっちりを受けるのはちづちづなのです。ちづちづはまだ中学生なのを忘れましたか? 自分の身を守るのには限界があるのです。
楽しいお話をしようよ!
『迷走』かぁ。そうだなぁ。わたしも、迷走してダメになったクリエイターを、たくさん見てきたなぁ。
理科の年齢ともなると、迷走して誰もわからない、わかってくれないどこかへ一人で行って帰ってこれなくなるのを目の当たりにすることは何度もあったと思うのですよ。
わたしはまだ若いからな! ……でも、見てきたのは事実。
「どうして見当違いの方へ向かっていってしまうのだろう」と考えたことでしょう。理科も今、まさに迷走中で、明後日の方角へ向かい、戻ってこれなくなる可能性のある樹海へと、足を踏み入れようとしているのですよ。自分ではわからないとは言わせないのです。
そうね。例えば。ボーイズラブなんかってロウカルチャーだと思われているのに、書く側はジャンルの特性上、文学をたくさん知っていて、だからってボーイズラブを書いていたのに、そこに「文学性を持たせよう!」と考えちゃって、こだわり始めちゃって、見放されちゃって、消えていく……。そんな作品と、それによって迷走状態から戻れなくなった作家を何人も見てきた。それなのにわたしもまた、同じ道を進もうとしている?
ここでいうロウカルチャーっていうのは「大衆文化」だね。反対が「ハイカルチャー」。教養を積んで初めて理解できるカルチャーだね。
教養があろうがなかろうが、ハイとロウの区別は「みんな」が決める。多くは無意識のうちに、決めてる。もともとロウカルチャーで出てきてしまった人間がハイカルチャーに接近しようとしても、「みんな」から無視されるか拒絶されてしまうのがオチなのです。脱皮できるのはほんの一握りの、幸運で恵まれたクリエイターだけなのです。
お姉ちゃん、考えすぎなんだよ。
そうなのですよ、理科。バカはバカなのがウリなのです。賢くもないのに賢く見せても、見透かされるだけなのです。バカが味なのにその味を失ってどうするのですか!
言い方、なんか、酷くない?
ロウカルチャーに生息するクリエイターは自分がロウカルチャーの住人であることを意識したほうがいいのです。確かに、クロスオーバー、ジャンル横断的なひともいるのですが、参考にして成功することは少ないのです。まず、ないと思ったほうがいいのです。自覚を持つのです。
理屈はわかってるつもりなんだ。世の中は細分化されすぎている。細分化されたジャンルが入り乱れて、形成されている。しっかり自分を定めて、誰かに「届く」ような「カタチ」で創作しないと、結局は誰にも届かなくなってしまうんだ。
自分に理解できないものがごちゃごちゃ入っていた場合、それを読ませる技術っていうのは、作品の魔力で、というのもあるのでしょうが、たいていは作者自身のカリスマ性で「魅せて」いる場合で、それはカリスマ性や魅力がある、選ばれた者にしかできない技術なのです。
天性のものを欲しがっても、仕方ないよね。
その通りなのです。ちづちづ、あいらびゅーん。
自分がどういう人間なのかを決めるのは常に他人。本人はそれを無言のうちに読み取って、成長していくしかない……か。
どこかでダメなひとでも、その場所ではダメな奴であるだけ、っていう場合もあるよね。「ダメな奴はなにをやってもダメだ!」は暴論で、「そのタイプのダメな奴の住む世界」では「ダメではない」っていうことだってあるもん。それは良いとかダメとか、本当はそういう言葉で語るのは間違ってるんだよね。でも、あえて「ダメ」って言葉を使って、サヴァイブ方法を考えていくなら、どこだとダメで、どこだとダメじゃないタイプの人間なのかを自分で知って生きていくって方法があるよ。「ダメじゃない場所」に行けない理由があったとしても、自分でそれを理解するのは重要なことだよっ!
要するに、考えすぎなのです。自分をアップデートするなら、自分が何者であると「思われているか」こそを、考えるのがいいのです。そして振る舞いではなく、作品で考えた結果を見せるのです!
ここまでくると本当にバカ話だな。
願わくば、この話が誰かを『攻撃する』文章になっていないことを祈るばかりなのです……。
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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