地下室からのコナトゥス【第二話】

文字数 2,124文字

スピノザには『コナトゥス』という概念がある。コナトゥスとは「自分の存在に固執しようとする努力」のことを指す。

ジュディス・バトラーの〈読み〉では、スピノザのコナトゥスの思想を、「絶望の中でさえ固執する生気論」と形容することになる。
『生気論』とは、「生命に非生物にはない特別な力を認める」仮説のことよ。生命現象の合目的性を認め、その合目的性は有機的過程それ自体が特異な自律性の結果であるとする、という説ね。
コナトゥスの出てくるスピノザの『エチカ』を、若い頃に親の地下室の書斎で煙草をくゆらせながら読んだところから、バトラーの思想の物語は始まる。ほかの思想家がつくった『スピノザ対ヘーゲル』という図式に陥らなかったのは、地下室での読書が関係している、と言われているの。
前回の続きなのです。ヘーゲル研究に取り組むことになったバトラーですが、ヘーゲルへの関心の根底には、社会的承認の構造から周縁化された「他者」の問題があったので取り組むことになったのです。それはバトラーが「哲学」に最初に触れたスピノザ『エチカ』、とりわけコナトゥス概念の影響があるのです。
「周縁性」とは、「中心性」の反対の概念のことね。社会や国家の中心的支配的位置から外れていること。「脱中心化」の話もいずれしないとならないかもしれないけど、今回は、中心から外れた、あらゆるマイノリティのことを指す言葉として覚えてほしいわ。
スピノザの「周縁性」と、スピノザの共同体からの「破門」の話が、バトラーのなかでつながったのね、きっと。
バトラーは述べるのです。「ヘーゲルの『精神現象学』における欲望と承認に関する自分の学位論文のなかで、私が幼い頃夢中になっていたいくつかの同じような問題を取り上げている」……「思うに、私がヘーゲルにおける欲望と承認の問題に着手したのは、例えば両親の地下室でスピノザを読むことをほかの社会性よりも好んだクィアな若者である私に現れた問題からなのです」と。
社会から排除された者がその社会において生存することは「パン」の問題に尽きるものではない。それは社会的、文化的承認の問題でもある。……と言ってますね。聖書的に「パン」の問題と言ってますが要するに食事とか生物として生きるのに必要なもの、というのを「パン」の問題と言ってるのです。ここから深読みも可能ですが、それは避けましょう。
そして、「パン」という物質的条件と「文化」という社会的承認の問題をたやすく分離化することはできない、とも語っているのです。
このことを踏まえて、のちにバトラーは、生を欲望するコナトゥスを「承認を求める欲望」として再定義することになるのです。
繰り返すと、バトラーは『欲望の主体』という著書のなかでスピノザをヘーゲルの先行者として位置付けている。なので、ヘーゲルがスピノザの「実体」を「主体」とみなすことでカントとの弁証法的統一を果たそうとする一般的な哲学的な見解を取らないのね。バトラーは「ヘーゲル的主体」を絶えず自己をその内部に見出し、ついに「全体」へと至ることのない主体である、と解釈しているの。
話がやっと戻ったのですね。
そう、戻ったわね。ヘーゲルはスピノザの哲学を「無神論」ではなく、むしろ「無世界論」とみなして批判しているわ。バトラーは述べる。「スピノザによると、世界と呼ばれるものはどこにも存在しない。それは神の形式に過ぎず、それ自体ではないものでもない。世界は本当の現実性を持たず、一切は唯一の統一体という深淵に飲み込まれてしまう」と、ね。
スピノザにおいては「神がありすぎる」ので、「世界」は神的実体の規定態(=否定態)でしかなく、世界それ自体はいかなる現実性も持たないことになってしまうと考えられるのです。よって、スピノザは規定態としての否定を考察するだけで、それをさらに「否定」する自意識の運動を排除していたとみなされるのです。
みっしーが今言った「神がありすぎる」っていうのは、「汎神論」と呼ばれるわ。汎神論においては、一切のものは神の顕現であるとされる。汎神論は、一切のものと神とを一元論的に理解しようとする立場なの。それこそ「森羅万象」が「神」であり、「神」は「偏在」し、その一切は「顕現」しているっていう考え方よ。
バトラーはヘーゲルを通して、スピノザの哲学を閉じた形而上学的体系としてではなく、「世界」へと開こうとしたのです。バトラーはスピノザとヘーゲルを決して対立させないのです。両者を欲望を中核にした哲学を創始した者、として位置付けるのです。
うーん(背伸びをして)、おはよう、お姉ちゃん、みっしー。
おはよう、ちづちづ。
おはようなのです。
なーに、朝っぱらからお気に入りの推しCP(カップリング)の話をしているのかな?
推しCP……?
え? ヘーゲルちゃんとスピノザちゃんのカップリングが「推せる!」って話を早朝から二人でコソコソ論じて萌え萌えしていたんじゃないの?
いや、……え、あぁ、……うん。確かに、そうね……。
では、続きは次回にまわすのです。
ちづちづとボクのカップリングは推せるのですよ!
うーん。
それじゃ、朝食つくるから待っててねー♡
     と、いうわけで、次回へつづく!
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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