パトリ(下)

文字数 2,135文字

学生時代を過ぎて社会人になると、偉い人や偉いと思ってる人から頭を下げさせられることが多いわよね。わたしも「勉強が足りませんでした!」って謝ること、たくさんあったわね、思い出してみると。
この理科姉ちゃんは、いつも偉そうに語っているのが悪いのです。ボクを見習うのです。
うーん。その前に、まともに働けよ、って感じだけどねー。二人とも。ね?
ぐぅの音も出ないのです。うぐぅ。
うぐぅじゃないわよ。
いつも通りの返答、感謝なのよさ。
なのよさ? ……あれ? この二人、結託してきちゃってる? 許さないよ?
先日、西京極ラム子先生の電子書籍を買ったのですが、電子書籍の世界も広いのですよね。読み放題サービスもあって、書く側もウェブ小説じゃなくて、電子書籍を主戦場にする方も多いのです。
ボーダレスだと思いきや、書くひとも読むひとも、すみ分けができてる部分もあるわよね。同人誌、つまり個人でやってるひとの場合、特に、ね。
ノベルゲームもそこに含めるといいのですよ?
ビジュアルノベルで最初から突き進む同人作家も、たくさんいるわね。ツールも発達したし。
メジャー作家ばかり見てるとボーダレスな気がしちゃうけど、例えば電子書籍だけを中心に活動している作家の電子書籍を一番読んでいるのは、ほかの電子書籍作家である、って話を聞いたことがあるわ。ウェブ小説をたくさん読むのはウェブ小説家だ、ってのも同様に。
今はデビューしても、『書籍化作家』と呼称されますからね。ウェブが主戦場の場合、戦場はそのままで突き進む人生になるのですかね。ほかの畑から引っ張ってこられて作家になったひとは別として、物理書籍だけの作家って、今は少なくなった印象があるのです。
形骸化した権威なんて失墜すりゃいいのですよ。その「権威」がなにかは言いませんが。
形骸化したところをシステムで回すって話は今までたくさんしてきたけどね。システムだけで回せないところには、「スター作家」が数人いれば事足りる。企業側にとってはね。
そもそもプラットフォームをつくるひとが儲かるのですよ。コンテンツをつくってる個人は、スター作家数名だけでもじゅうぶん宣伝になるのです。……と、いうビジネスモデルにうんざりしてると思うのですが、変わらないですねぇ。
楽しんで書いてるひとはたくさんいて、発表の場が必要で、必要なものをつくれるひとが偉いっていうのは、例を出すと、同人雑誌があった場合、企業に吸い上げられるのは主宰してるひとであることがほとんどだって話ね。「顔」のひとは必要とされるけど、それ以外は「せいぜい楽しんでくれ」ってことで終わるわね。
普通に社会を見回しても、立身出世するのはどこの誰だかわからないひとであることは稀なのです。
稀って言えば、物語類型として貴種流離譚ってのがあって、どこか遠くから来た「マレビト」が、悪者退治して民衆を助けるってのがあるけど、実はそのどこの誰だかわからない流れ者は有名な血筋のひとでした、ってオチが待ってる。そのオチがカタルシスだっていう。
妄想の種類のひとつに血統妄想というのがあるのです。とてもよくあるものなのでこうやって話してしまうのですが、話し方によっては差別を助長するし、でも実際、理科の言った貴種流離譚のオチのカタルシスは有効になる場合があるので、この話は表裏一体なのです、使い方として。
中上健次は路地に住む人々を美しく描いた。でも、代表作『枯木灘』のシリーズの、ヒールである浜村龍造は、偉くなった途端に自分の先祖は有名な決起をした人物で、って語りだすっていう。偉くなるとルーツを求めるっていうのは実際によくあることだけど、この構造は難しい問題をはらんでいるわよね。
言葉に気を付けなくてはならない話なので言葉選びが大変なのですが、マイノリティがその中でさらにマイノリティな存在を生み出す構造も視野に入れて書いている可能性もあるのですよ。
ウェブ小説になにか使命があるとしたら、ウェブっていう大きな海の中でしか棲息できない、危なかったり変だと言われたりする、抑圧されて通常なら沈黙せざるを得ないディスクールを抱えたノベルなのかもしれないわ。それこそ、昔なら純文学が担っていたような領域の文学をアップデートしたような。
そしてそのアップデートが、読むひとによってはアップグレードなのかダウングレードなのかわからない、ってことになりそうなのです。いや、現実はすでにそうなっているのかもしれないのです。ただし、ここは大海であり、見つけられていないもののなかにあるのが大半なのでしょう。これは拾い上げることが果たしてできるのか、の問題でもあるのです。
だけど、コンテンポラリーアートが「キュレーターが偉いのである」っていう構造を生み出してしまったのと同じことになるのも容易に予測できるわね。
綺羅星のように輝くひと、わたしは好きだけど、お姉ちゃんたちの話を聞いていると、「パワー・トゥ・ザ・ピープル」な可能性もあるんだね。ちょっとドキドキするねっ!
ちづちづからレノンの曲名が出たところで、その両義性について考えて、今夜はお酒を飲むことにするのです。
ふぅ。なんだか煮え切らないわね。
二人とも、今日はイカソウメンを噛みしめながら眠るんだよっ!
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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