探偵ボードレールと病める花々【第二十話】

文字数 1,287文字

ボードレールの近代芸術論。まとめると、次のようになるのです。
「美は永遠の、不変の要素といい相対的な、制約された要素とが、〈力〉を合わせている。後者は、時代や、流行や、道徳や、情熱から出てくる。この第二の要素を欠いては、第一の要素も同化力を失う」と。
ただしこれは、根底に届いた理論ではないと、ベンヤミンは言うわ。
ベンヤミンが言うには、大都市のもろさを把握したことが、ボードレールがパリについて書いた詩が長く持ちこたえていることの根源にあるんだ、って。
その詩の〈根源〉については、さっきまでお姉ちゃんとみっしーが述べてきたこと、そのものだねっ!
大都市を視る〈目〉こそが、〈探偵〉であるボードレールにはあったのね。もっと率直に、「探偵していた」というべきかしら。
ボードレールの詩篇『白鳥』もまた、ユゴーに捧げられているのですが、たぶんユゴーが、ボードレールの見るところではその作品で〈新たな古典時代を示現した〉少数のひとびとのうちのひとりだったからではないか、とベンヤミンは言うのです。
そうは言っても、ユゴーのインスピレーションの源泉は、ボードレールのそれとは違うのは、見てきたとおりなのです。
一種の擬態、生物学の概念で言えば〈凝結〉。ボードレールの詩に幾度も現れる凝結の能力は、ユゴーには疎遠だった。
じゃが、ユゴーの資質もまた、冥界になじむところが、あるのも前に言った通りじゃな。
「詩人たちは物の現存自体からよりも、むしろイメージからインスピレーションを受ける」と、ジョゼフ・ジュベールは言うのですが、同じことは美術家にも言えるのですよ。
パリの大改造、その改造が着手される数年前に完成していた、シャルル・メリヨンがエッチングで描いた数々のパリ風景。これから誰よりも感銘を受けたのは、ボードレールだったのです。一方で、ユゴーの夢の根底にある、考古学的な廃墟の眺めは、ボードレールにとっては、特に心を動かすものではなかった、とされるのです。
相変わらずひねくれているなぁ。
ボードレールとメリヨンは、親和性があった。二人は同じ年に生まれ、互いに数か月しか隔てずに、死んだ。二人の死は、孤独な、重障碍者としての死だった、というわ。
具体的には?
メリヨンは錯乱者として、シャラントンの精神病院で、ボードレールは失語症患者として私立病院の中で死んだの。
メリヨンの生きていた頃、メリヨンに肩入れしていたのは、ほとんどボードレールだけだった、というわ。
……哀しいね。なんだか、とても哀しいエピソードだね。
ボードレールは生前、古典詩人のように読まれることこそを望んでいたのです。……そして、その望みは驚くほど速く、叶えられたのです……。
まあ、本人は死んじゃったけどね。死人に口なし、詩人に口ありだね。作品という〈口〉があって、伝わっていったんだね。
死後の名声か……。
理科は欲しいかのぉ、死後の名声は。どうじゃ?
死んだらそこで、おしまいよ。名声はいつだってほしいけどね。
いつになく正直なお姉ちゃん。
ま、話は佳境に入っていくのです。気合入れていくのですよ?
はいはい。わかったわよ、みっしー。
   つづく!
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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