焔魔堂の主たるは……。

文字数 2,503文字

ぐはっ!(血を吐く)
どうやらわたしの命はあと、それほど長くはもたないらしい。

それは父親である田山総合病院理事長・田山馬岱から言い渡されていることだった。

だから、間違いはないのだと思う。


それでも、頑張らないとね。最後まで。
妹のちづちづと実家を飛び出してきたのはマズかっただろうか。

ちづちづを、わたしは利用しているのかもしれない。

独りで死ぬのが、寂しいから。


アパートの部屋の洗面所で血を吐き出しながら、わたしは正面の鏡を睨みつける。

「鏡に映る、この陰気な顔の人間、ほんと、ザマァねぇな」と。

口をぐちゅぐちゅすすいで、っと。よし、完了! まだ戦える!
部屋にわたし以外誰もいない時間帯でよかった。

わたしはもう一度、自分の顔を見るために鏡を覗く。


すると。

わたしの背後に、少女が不機嫌そうにこっちを見ているのが〈見える〉。

え? 今は部屋にわたししかいなかったはずなのに、いつの間に。

それにこの少女……わたしのよく知ってる娘だ。

(後ろを振り向いて)師匠! 師匠じゃないですか!
なんじゃー。あちしはあんたの知り合いじゃないんじゃぞー。勘違いするなー。
わたしは思わず、師匠を抱きしめた!
師匠! 旅から戻ってきたんですね! 会いたかったです! 本当に……バカ。どこ、ほっつき歩いていたんですか、あなたは……。
やめろ、頬を擦り付けるな、女子同士でもキモいわ。正確には誰かに観られたらキモいと思われるのじゃろーがー。わかったら、や・め・る・の・じゃー。(理科を手で押して引き離す)
ガチャっと、部屋の鍵を開ける音。
ただいまー! うん? あれ? 誰かいる。……って、お姉ちゃんがエンマちゃんと抱き合ってるーっ!
あ、お帰り、ちづちづ。 って、うん? わたしの師匠と顔見知りだったの、ちづちづ? 話題にはよくした覚えがあるけど、実際会ったのは初めてなんじゃないかな。
え? なに言ってるの、お姉ちゃん。エンマちゃんはね、うちの中学校の2年4組の生徒で、わたしと同級生なんだよ? お姉ちゃんこそ、自分の師匠さんと勘違いしたんじゃない? ねー。エンマちゃん。
…………。
ただいま、帰宅したのです! みっしー見参! ヒャッハー、なので……す……って、おぎゃー! だ、だ、だ、誰です、エンマちゃんを家に入れたのは! この方は、かの有名なエンマ大王様ですよ! ボクのずーっと上の上司なのですよ? 特に理科、とっととエンマちゃんから離れるのです!
みっしーの手で退かされ、わたしは師匠と引き離されてしまった。師匠……じゃなかった。エンマちゃん、とちづちづとみっしーが呼ぶ相手から。
…………。
おなかすいた。
理科! つくるのです! ザ・飯を! エンマちゃんがご立腹すると碌なことにならないのです!
みっしー、貴様、相変わらず物言いがストレートじゃな。
御意!
クビ。
ほんぎゃー! それだけは勘弁してくださいなのですー!(スライディング土下座)
死神はいつも嘘を吐くものじゃからな。大目に見ようぞ。
へへー!(土下座)
え? うちの師匠じゃないの?
ふむ。あちしは違うのぉ。うぬの師匠ではないのじゃー。似てることは知っておるが。
え? 師匠をご存じで?
さぁな。知らぬが仏じゃ。あちしはエンマだけどな。
2年4組のエンマちゃんだよね? わたし、2年2組のちづだよっ! 人違いじゃないよね?
ふむ。(コクリと頷く)
エンマちゃん、なんで中学校に通ってるんですかぁ! びっくりなのですよ! 下界にいる状態の人間の舌を斬るとか裁きを与えるとか、できれば遠慮願いたいのです……。口を出すわけじゃないのですが。
エンマちゃんがみっしーになにか、耳打ちをする。なぜか、わたしの方を見ながら、二人でこそこそ話し出した。
(コソコソ小声で)死神少女みっしーよ。この理科という娘には〈死神適性〉があるのじゃ。貴様も感づいておったじゃろう? もともと貴様が死神長から遣わされたのは、この姉妹の絆、という縁を断ち切るのが目的だったはずじゃぞ。なーに、もたもたしておる。
それとも……。
〈自分の姉〉は斬れないということか? どうなんじゃ、みっしー。
確かに、ボクは幼いころに亡くなってしまった、理科とちづちづの妹なのですが……。生きていた頃の記憶なんて持ち合わせちゃいないのです。
理科の肌の色もあちしらと同じく、白くなってきているのは、自然と死神化してきているからじゃぞ。知っておろう。あちしとしては、早くこの理科を死神として養成したいのじゃ。
んん?
エンマちゃんが窓際まで来て、アパートの外を眺める。
…………。
ほぅ。
窓の外に虫けらが張り付いておるようじゃの。一度、「えにし」を断ち切っても、主君と「復縁」の〈儀式〉で喪失したこころをつなぎとめた……のじゃな。
(みんなに向かって)あちしはもう帰る。
エンマちゃん、帰っちゃうのー。ごはん食べるんでしょ? ほら、みっしーが変なこと言うからだよー。
あのー、恐縮なのですがエンマちゃん……なんで家宅侵入してきたのですか?
(顔を赤らめて)……花を摘みに。
はい?
ぶっ殺すぞ、三流死神ィ! お・ト・イ・レ! トイレ借りたの! みっしー、貴様に用事があったんじゃから、部屋の中で待っていてもいいじゃろうが? この阿呆!
みっしーの上司さんて、エンマちゃんだったんだねー。エンマちゃん、今度一緒に遊ぼうねっ!
ふむ。よかろう。
では、さらばじゃ。
(みっしーに耳打ちする)……情が移っただなんて、なしじゃぞ。いいな?
…………。(エンマちゃんに頭を下げる)
エンマちゃん。彼女はわたしの師匠に似ていて、みっしーの上司で、ちづちづの同級生で。

また遊びにくればいいのにな。

でも正直、血を吐いているところを目撃されてしまって気まずいということで、とても複雑な気持ちになった。ちづちづに血を吐いているのをバラされたらやっていけないから……。


そう。わたしの余命は残り少ない。

ひとり残されるちづちづに、みっしーやエンマちゃんが、友達として仲良くしてやってくれたらいいな、と思う。

わたしは、これ以上迷惑をかけないで散っていきたいけど……どうなるのかしらね。


今日は、エンマちゃんとわたしの初めての出会いのお話でした。

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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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