理性の系譜【第二話】

文字数 1,661文字

それでは。「狂気」の「歴史」について辿っていくわね。「狂気」の歴史をたどるということは、「理性」の「歴史」をあぶりだす作業でもあるわ。そこのところの理解をよろしくね。それと、このお話には現在使われない言葉も出てくるけど、差別を助長するものではないわ。
現代人が「狂気」というとき、それはごく普通に「狂気」は「精神疾患」として理解されることがほとんどです。しかし、狂気を精神の病気と結びつけるのはけっして〈自明なことではない〉のです。これは、歴史的に形成されてきたものなのです。
じゃあ、この精神医学の対象としての「狂気」はいかにして誕生したのですかね。西洋社会の狂気経験の変化の歴史をフーコーの言葉で、一緒に辿ってみるのが、今回のお話なのです。
前回、別のかたちで語ったけど、狂気が精神疾患と結びつけられるのは決して自明なことではないのよ。そこがまず、ポイントね。では、どのような経緯で狂気は現在のように精神疾患とほぼイコールになったのか。じっくり見ていきましょう。
フーコーによれば、17、18世紀、いわゆる古典主義時代に大きな変動が起こった、と言うのです。
西洋社会では、長い間、社会から排除されてきたのはらい病患者だったのです。ところが、中世末期にらい病患者、およびらい病施療院の数は次第に減少していくのです。
らい病の代わりに、社会の排除の対象となるのが「狂人」だったのです。この新しい排除の象徴的事件が、1656年の「一般施療院」の設立なのでした。
一般施療院への監禁の対象となったのは、狂人と呼ばれるひとたちだけでなく、貧者、浮浪者、性病患者、同性愛者、放蕩者、浪費家、讀神家、無宗教家、自殺を試みるものたちだったのでした。
現在からみれば同一カテゴリに入れることのできないこれらのひとたちを同じひとつの場所に閉じ込めることを可能にする共通項とはなにか? それが、〈非理性〉なのです。
つまり、中世末期、一般施療院に閉じ込められ、社会の排除の対象となったひとたちの共通項、それが〈非理性〉であり、狂人はそのカテゴリ内のひとつでしかなかったわけね。
狂人と一緒に一般施療院に監禁されたひとたちはみな、人間に固有の理性を行使できない否定的存在だ、と烙印を押されたのです。そしてそのひとたちはキリスト教的倫理やブルジョワ的価値観を否認する、社会にとって危険な存在として道徳的観念から非難・弾劾されたのです。
非理性的で社会になじめない、否定的存在。彼、彼女らは非難・弾劾を受け、「一般施療院」に監禁された、と。
その意味で、この「大いなる閉じ込め(Byフーコー)」は倫理的措置であり、社会の秩序維持のための、治安上の措置だった、と言われているのです。これは同時に、貧者を収容し、働かせることで失業を解消する経済的措置の側面もあったのです。当時は、ですが。
重要なのは、この一般施療院は医学的な目的を持った施設ではない、ということなのです。
医学的な施設ではない、とはどういうことか。狂気は古典主義時代、当時の社会的感受性にとって道徳的に容認しがたい非理性を構成する数多くの実在形式の一つでしかなく、「狂気」は、まだ狂気自体としては認識されていなかったのです。
それというのも、フーコーによれば、中世、およびルネサンスにおいて、狂気とはボッシュやブリューゲルの絵画が示すような、宇宙的闇夜のビジョンであったからです。狂気は世界終末の脅威でありながら、人々をなによりも魅了するという側面も、持ち合わせていたのです。
フーコーは書いていたわ。どんな思考からも狂気の可能性は排除されていなかった、と。狂気は16世紀までは理性の一部であり、理性に対する批判的意識としても認識されていたのよ。
人々を魅了し、宇宙的な闇夜というビジョンで理性の一部とみなされ、世界の終末を意識させてしまうような理性に対する批判意識としても認識されていた。そんな〈狂気〉。それでは、「監禁」された「狂気」は、その後どうなっていくかを、見ていくことにしましょう。
   次回へ、つづく!
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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