探偵ボードレールと病める花々【第十六話】

文字数 1,337文字

あれやこれやがあって、晩年のボードレールはパリの街頭を散歩するわけにはいかなくなったの。債権者たちに追跡され、病気にかかり、情婦とも喧嘩することもしばしばで。
ボードレールが詩作に傾注した、労働を〈剣技〉のイメージに〈認識〉することは、即興の絶えまない連続として詩作を把握することと等しいのです。
いろいろなあれやこれやがあってもたゆみなく仕事を続け、どんな小さな点にも気を遣う……。
ボードレールのしばしばの踏査行、その途上、パリで出会う〈詩〉という彼の愛児たち、それは〈必要に迫られたもの〉でもあったのです。
文学者としての生活を始めた当初、ボードレールがオテル・ピモデンに住んでいた頃、友人たちはボードレールが仕事の痕跡、例えば書き物机なんかを入念に追放してしまっていることに感激した、と伝えられているわ。
だからこそ、のちに市民生活を片端から捨てていったとき、ボードレールにとって〈街頭〉は、次第に一種の避難所になっていったの。
しかし、最初から遊民のなかには、ブルジョワ的存在の脆弱さの意識が潜んでいたのです。〈遊歩〉が、この弱みを逆手に取る頃には、ボードレールにおけるヒーロー概念を隅まで特徴づけている構造が出現してきたのです。
マクシム・デュ・カンは言うのです。
「作家としてのボードレールには、彼自身が少しも気づかなかった大きな欠陥がひとつあった。彼は無学だったのだ。彼は、知っていることならば徹底的に知っていたが、知っていることは少なかった。歴史、生理学、考古学、哲学は、彼には疎遠なままだった。彼はたぶん、外界に気づきはしただろうが、とにかく研究はしなかった」と。
うーん。安酒場のワインが似合う探偵・ボードレールさんは、研究で籠るには書き物机もなかったし、遊歩してた方が性に合っていたんだねっ。
遊歩して、詩を捕まえるのが合っていたのね、きっと。
精神労働の物的な条件を成すものを、ボードレールはほとんど所有していなかったのです。蔵書から住居に至るまで、ボードレールがパリの内外でも送った不安定な生活の過程で、断念せずに済んだものはなにひとつなかった、というのが実情のようですね。
そっか。追われてたんだもんね、債権者さんたちに。
ボードレールが1853年12月26日に、母宛てに書いた手紙から抜粋するのです。
「肉体的な苦痛には、ぼくはかなり慣れました。破れたズボンをはき、吹き抜ける上着を着て、下着二枚でやりくりすることもできますし、穴だらけの靴に藁や紙を敷いてすますことも、場数を踏んでいます。だからぼくは、ほとんど精神的な苦痛しか苦痛と感じません。が、ぼくはぼくの衣類をもっと破るのではないかという恐れから、急激な動作を控えるまでになっています。歩くことももうあまりしません」
ボードレールがヒーローのイメージに浄化した諸経験のうちで、一番はっきりしているのは、こういうものだった、とも言えるのです。
皮肉がこもってるなぁ。
こうして、惨めなボードレールは詩作という探偵を続ける。探偵して見出したものが結実されているのを、今のわたしたちには確認できるけどね。人生としては、どうだったのかしら。
次回は零落したヒーローとしてのボードレールについて、語っていくのですよ!
   つづく!
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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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