アルケーから遠く離れて(上)

文字数 2,370文字

ただいまー。冬はお散歩に限るねっ! 軽く汗かいて戻ってきたよ。
病気の療養も、いい感じになってきてるね。おかえりなさい、ちづちづ。
えへへー。
ふぅ。(パタリ、と雑記帳を閉じる)
なにか書きものしてたのかな、お姉ちゃん。
次に書く同人誌のラフスケッチ。
お姉ちゃんは絵とプロットを組むの担当で、シナリオ担当はみっしーなんだよね。前に同人誌つくったときはめちゃくちゃな目に遭ったけど、今度もまたつくるなんて、すごいね。わたしだったらもうやらないと思うよ。お姉ちゃんの描く表紙と挿絵、わたしは大好きだよ。
うーん。描くのと書くのが、わたしのしたいことだから。家を出てここに住むことを決めたのは、絵描きをするためだったし。同人誌作成もその一環だからね。ちづちづの療養のためでもある。嫌われ者だけど、この暮らしに満足している部分もあるのよ。
しかーし。理科はいま、スランプなのです。なんです、ボクに渡したこのプロットは? やる気あるのですかぁ?
みっしー、おかえりなさい。
ただいま、なのです。
みっしー。あんた、どこほっつき歩いていたの?
仕事だったのです。死神のお仕事。十王庁は大忙しなのですよ? 焔魔堂は今日も大盛況。エンマちゃんも今日は音を上げていたのでした。
エンマちゃん?
かの有名な大王なのです。地獄の十王の一人で、一番有名な、エンマ大王。エンマちゃんと呼ばれているのです。
女の子なの?
テンプレート通り、エンマちゃんは女の子なのです。地獄の十王庁は名前の通り十人の王様がいるのですが、ひとりくらい女の子でもいいじゃないですか。一応、ボクの上司の死神長に指令を出しているのが、エンマちゃんなのですよ?
うわー、ファンタジー(棒読み)。
理科……。全然信じてないですね……。
みっしーも、殺気立たなくていいから。お姉ちゃんもほら、みっしーに謝って。
謝る必要ないもん。(プイっと首を横に振る)
お姉ちゃんたら。大人げないんだからー。
それはそうと、理科ぁ。ボクは情けないのです。いつからか、理科が書くプロットは「小説が書けないことについて書く」というメタフィクションになってしまっているのです。『執筆の不可能性』とかなんとか言ってりゃそれっぽさはあるのかも、という発想をしてそうなのが、すでにルーザーなのですよ?
「幸いなことにわたしは完全に死んだ」。
マラルメを引用してもダメなのです! マラルメになったつもりでも、そこから影響を受けて議論を展開させてくれるブランショみたいな人物がいるとは到底思えないのです。小説にまつわる事象を小説で表現するなんて、ありふれた手法なのですよ?
そうよね。メタフィクションからパラフィクションへ、って考えたんだけど、そこで力尽きてるわ、わたし。否定できないわね。
パラフィクションっていうのは「読者に読者であることを意識させる」小説だよね。たぶん。
偏在性の話だと、ボクはパラフィクションを認識していますが。おおむね、そういうナラティヴでできてると思うのです。
饒舌になったらまたクラッシュする、と思ったら、意外にたくさんバイアスかかっちゃって、書けなくなってしまったのよね、普通の物語を。苦肉の策で、「作品についての作品」を試行し始めているのよ。
やれやれ、これだからニートは。
みっしー。あんたにだけは言われたくないわよ。
自主規制オンパレードな書き方でメタフィジカルな小説? 笑わせてくれるのですよ、理科。読書時間はあるのでしょうが、ひきこもっているからダメなのです。「おまえ、ちょっと表へ出ろ!」なのでです。
そんな居酒屋の喧嘩じゃないんだから、二人ともやめなよー(泣き)。
本を読んだ知識だけで本を書く不毛さには気づいているんだよ。でも、外に出るとやんちゃな輩と戦わないといけないし。けっこう、つらい。
その「けっこう、つらい」っていう主張を、作品内でしているんだね。それが、書けないことについて書いている、ということでいいのかな?
そういうことだね。
やーい、『概念オタク』。抽象的な理屈を抽象的な言語でこねくり回してるだけの概念オタクぅ、恥ずかしいとは思わないのですかぁ?
くっ!
確かに、現実の事象をいったん、抽象的なレベルにしてから吟味し、再度『肉化』、つまり自分の存在している現実へと着地させるのは大切なのです。離陸したら着地しなきゃいけないからなのです。でも、R.D.レインの言葉を援用するならば、『肉化された自己』という地に足がついた自己ではなく、空疎で空洞化された、抽象性でできた『肉化せざる自己』がそのひとの内的世界になってしまうと、それはスキゾイドだとされるのです。なぜかというと、それは『離人』の一種だからなのです。抽象レベルの世界に脳内が常にいると、現実感が希薄になっていってしまうのです。『肉化』された、言い換えれば「現実に感覚がある」世界に生きていかなければ、それは本当は『偽りの自己』の始まりなのです。演技性パーソナリティでもあるまいし。なにをやっているのですか、理科。肉化されざる自己を生きる者が、現実を確かめるためにリストカットしてしまうなんて、ざらにあることなのです。気づいているでしょうが、家の外に出るのです!
見えないものは見えないよ。見えるものまで自分の中で見えない「カタチ」にしちゃったら、見えるものまで見えなくなっちゃうよ、お姉ちゃん。
むぅ。
そういうことなのです。
もしかして、概念把握能力がすでにぶっ壊れてるのかしら、わたし。
抽象化したものを元に戻し、具体性を帯びた話にできない今の理科は、おそらくは概念把握能力がダメになってるのは間違いないのです。
わたしの概念把握能力が欠如している、と断言するみっしー。わたしはもう少し、冷静になって考える必要があると考えた。

その話は、後半に譲ろうと思う。


そんなわけで、次回につづく!

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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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