変わる意識と走れ、メロンパン(中)

文字数 1,809文字

少し前までのメロンパンは「メロンパン味」で、決して「メロン味」ではなかった! それが今ではメロンパンと言えばメロン味! これは欺瞞だわ!
むぅ。確かに。でも、それじゃあ今までのメロンパンに疑いを持たなかったわたしたちはなんだったのかしら?
おいおい、この阿呆な理科姉ちゃん。現代美術の展覧会に十年以上通った経験が活かされていないようなのですね。理科はまったくもってバカなのす。
どういうことよ、みっしー。
これを書いている今、現代美術の展示でもめている場所があるのですが。
ややこしいから、名前出さないでね。わたしたち、観に行ってないから、なにも言えないのよ。論争もそれ自体は古くて、今揉めているあの展覧会と類似したテーマの作品や展覧会はたくさんあったけど、世界情勢の悪化とSNSの普及やメディアの対応、それから注目度の高さがあったのが、今回が叩かれた要因にもなってる。時代っていう要因ね。それに炎上がまるで義憤なのかのように隠ぺいされているけど、それは全くの誤り。コンテンポラリーアートの文脈を知らないだけのひとも多いわ。確実に、ね。
話が逸れますが、現代美術のセミナー(ワークショップだったのかもしれませんが)で、ゴキブリファックの絵を見て泣いたから訴えたっていうのも、日本のコンテンポラリーの文脈を知らなすぎなのです。
いや、ゴキブリの話に関しては、「観た相手に、傷を残すのが芸術である」という立場もあるってことを思い出したほうがいいわ。その意味では、成功してるのよね、訴えてしまうほど心に残ってしまったのだから。
でも、観たひとを不快にさせるのがアートなの? 美しさの追究じゃないの、美術って?
ひとを不快にさせる〈不気味さ〉。言語もしくは記号が機能しえない時代には崇高なもの、もしくは不気味なものが現れてくる。
〈不気味さ〉は現代思想で重要なモチーフになる問題なのですが、今回は置いておくのです。
ちづちづ。現代アートは批評性があるのが優れていると見做されるわ。観て「綺麗!」って言うだけがアートではないの。だからこそ、キュレーションをするキュレーターの役割の重要性が、あり得ないほど肥大化してしまったのも事実ね。
きょれいた? なにそれ?
キュレーター。コンセプトに沿って展覧会の美術品をそろえる、いわばプロヂューサーだと思ってもらえればいいわ。
ゴキブリに話を戻すと、日本の現代美術の潮流のひとつに、サブカルの意匠を使うというものがあるのです。それで狙うのは、言ってはなんですが、日本のアンダーグラウンドで見られる、〈恥部〉とも捉えられてしまう部分だったりするのです。
虫とファックなんて、アングラでは珍しくない。でも、それを美術品にして、美術館や展覧会という〈権威〉=〈権力〉の場に配置するという構造は、マルセル・デュシャンの〈レディ・メイドシリーズ〉から続く伝統だったの。美術館という空間のシステムを暴くための、ね。
美術は出自も問われる。すると、日本人というアイデンティティを〈利用する〉のは、違う国のひとたちに見せるのには、とても有効なのです。
コンテンポラリーアート(現代美術)について語ったけど、これはまた何度も掘り下げたいわね。ゴキブリの話はこのくらいにしましょう。
今までの話を踏まえて、メロンパンに話題を戻すのです。美術のキュレーションにも関係するのですが、様々な理由によって「〈これ〉は〈これ〉である。なぜなら〈こういうこと〉だから」という、なんらかの理由付けがなされ、それが一般大衆に膾炙された際、「そういうものなのである」という〈受け入れられ方〉をして、年月が経ったときにその「もとにあった、これをこれと呼ぶ〈理由〉がスポイルされてしまった」ということが、従来のメロンパンで行われてしまっていたのは、想像に難くないのです。
つまり、今、一部のメロンパンがメロン味なのは、もとの理由が歳月とともに忘れ去られたから、出来てしまったとも言えるわね。
スポイル?
ちづちづ。スポイルっていうのは「損なうこと。台なしにすること。特に、甘やかして人の性質などをだめにすること」を指す言葉よ。
ちょっと難しいよ、みっしーも、お姉ちゃんも。
じゃ、具体的な話をするのです。おいでいただくのは、ダーガーなのです。

     駆け足で話しちゃったけど、大丈夫かしら。

    話は後半戦にもつれ込むみたいね。

    どうなることやら。

    つづく!

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登場人物紹介

【田山理科】

 主人公にして家主。妹のちづちづと知らない町に引っ越し、二人で暮らしを始めたが、ちづちづがどこからか拾ってきた少女・みっしーも同居することに。趣味は絵を描くこと。ペインティングナイフを武器にする。

【みっしー】

 死神少女。十王庁からやってきた。土地勘がないため力尽きそうなところをちづちづに拾われて、そのまま居候することに。大鎌(ハネムーン・スライサー)を武器に、縁切りを司る仕事をしていた死神である。

【ちづちづ】

 理科の妹。背が低く、小学生と間違われるが、中学生である。お姉ちゃん大好きっ娘。いつもおどおどしているが、気の強い一面をときたま見せる。みっしーとは友達感覚。

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