59、イブン・スィーナー(12)

文字数 1,318文字

イブン・スィーナーについての続きです。作品集は下の画像から入って下さい。
イブン・スィーナーは自然科学の研究にあたって、先人の研究を利用するとともに、独自の手法で理論を発展させた。観察と実験によって探求を試みる手法はヨーロッパ世界に大きな影響を与え、ロバート・グロステストやロジャー・ベーコンらが行った実験科学の発展に大きな役割を果たした。
本当になんでもできる人ですね。こういう人をアラゴンの宮廷に置きたいです。
ユークリッドの『原論』の最初の2つの公準について定式化を行い、アラビア世界におけるユークリッド解釈の道を開いた。また、ギリシャ世界では自然数のみにとどまっていた数の概念を、正の実数に相当するものにまで広げた。ユークリッド解釈はナスィールッディーン・トゥースィー、数の概念はウマル・ハイヤームに、後世のアラビア世界の科学者に継承される。
数学に関することは、余にはさっぱりわからない。
占星術に対しては批判的な見解をとっていたが、天体が全ての自然物に影響を与えている観念は認め、天体の影響は人知を超えていると考えていた。アストロラーベに代わる観測器具を考案したが、彼が考案した器具には16世紀に考案されたノニウスの原理が初めて用いられていると言われている。イスファハーン時代には天文台の設計に携わり、その時にプトレマイオスが発明した観測装置の問題点を多く指摘した。
占星術については16世紀には教会は禁止していましたが、医者に必要な教養の1つとして大学で教えられていました。17世紀の天文学者ティコ・ブラーエやケプラーなどは、最初は占星術師として天体の観測を行っていました。
『治癒の書』に収録されている「天体地体論」においては、大地が球体であることを様々な方法で論証し、中世キリスト教世界の地球観に影響を与えた。同署に収録されている「気象学」は地理、気象、地質学について述べた章であり、造山運動の説明など、一部には近代の地質学との類似性が見られる。ホラズムでは隕石を溶かして成分を分析しようと試みたが、灰と緑色の煙が生じただけで、金属質が溶けたと思われる物体は残らなかったと記録を残している。
ニコラさんは、イブン・スィーナーに興味を持って、アラビア語の本をいろいろ集めていましたが、こういう種類の本を手に入れなくて本当によかったです。中世のキリスト教修道院でこういう知識を持っていたら、異端者として告発されていました。
私は自分の得た知識を本に書き残すことはしなかったし、人に話すこともなかった。だが、自分の知った知識が正しいかどうか確かめてみたいという気持ちは常にあった。



イブン・スィーナーは錬金術についても、否定的な立場をとっていた。全ての金属は起源を一にする錬金術者たちの考えは誤りであり、金属はそれぞれ独立した種であるため、その種類を変える方法は存在しないと主張した。この主張はロジャーベーコン・アルベルトゥス・マグヌスらヨーロッパの学者にも影響を及ぼし、彼らは錬金術における金属転換の考えに批判を行った。
一方でイブン・スィーナーは神秘主義的な思考も持ち合わせ、夢判断を肯定して本を著し、奇蹟や超自然現象にも関心をしめしていた。
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