18、ガレノス(3)

文字数 1,140文字

今日からガレノスの著作とその影響について話していこう。
作品集には下の画像から入ってください。
ガレノスは、ヒポクラテスの医学をはるばるルネサンスまで伝えた。彼の On the Elements According to Hippocrates はヒポクラテスの四体液説を叙述している。四体液説は人体が血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁から成るとする説で、それらは古代の四大元素によって定義付けられ、かつ四季とも対応関係を持つとされた。彼はこの原理を基にして理論を創出した。しかし、それらは純粋に独創的なものというよりも、ヒポクラテスの人体理論の上に構築されたものと見なしうるものである。
四元素とは、この世界の物質は、火・空気・水・土の4つの元素から構成されるとする概念です。ジュゼッペ・アルチンボルド(1526ー1593)が四大元素を絵画にしています。
これは『大気』という作品です。
よく見ると鳥の羽や頭がたくさん見えます。まさかたくさんの鳥を描いて『大気』を表現したとか・・・
その通りです。たくさんの鳥を使って『大気』を表現し、さらに人の顔にもなっています。
本当だ!人の横顔にも見える。
四体液説や四大元素については複雑になるので、別の機会に詳しく説明しよう。ガレノスの主な著作の一つとして17巻からなる『身体諸部分の用途について』がある。ガレノスはまた哲学や文献学についても執筆し、同じく解剖学についても広く執筆した。彼の全集は22巻にも及び、彼はその生涯のほとんどを通じて、執筆を行っていた。
ガレノスはあのコンモドゥスに仕えていた時期もあったので、周辺が騒がしかったと思います。それでも執筆を続けたのは凄いです。
もし何も書かなければ、ガレノスは当時有名で皇帝の侍医になったことがあっても歴史の中で消えていたであろう。執筆をしてたくさんの本を残したことで、後世まで名前と業績が伝わった。
プラトンにも一致するガレノスの理論は、単一の創造主による目的を持った自然の創造を強調した。後のキリスト教徒やムスリムの学者たちが彼の見解を受け入れた理由がここにある。


ガレノスの生きた時代はまだキリスト教は公認されていませんでした。それでも唯一の創造主を強調したことで一神教であるキリスト教徒やイスラム教徒には受け入れられやすかったのだと思います。
ガレノスの生命に関する根源的原理は「生気」(プネウマ)であり、後の書き手たちはこれを魂と結び付けた。
創造主や魂についての考え方がキリスト教の思想とよく似ていることもあって、ガレノスはキリスト教世界での医学の権威であり続け、僕たちの生きた16世紀でもそれは続いていました。16世紀になって人間の解剖が行われるようになり、ガレノスの説は少しずつ覆されていきます。
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