49、イブン・スィーナー(2)

文字数 917文字

イブン・スィーナーについての続きです。作品集は下の画像から入ってください。
イブン・スィーナーは、980年8月末にサーマーン朝の徴税官アブドゥッラーフ・イブン・アル=ハサンとその妻シタラの息子として、首都ブハラ近郊のアフシャナに生まれる。5歳の時に一家はブハラに移住し、イブン・スィーナーはブハラの私塾に入れられた。
5歳で私塾に入れられたということは、イブン・スィーナーの両親は教育熱心で、サーマーン朝の首都ブハラはかなり栄えていたのですね。
イブン・スィーナーは幼いころからクルアーンを学び、10歳ですでに文学作品とクルアーンを暗唱することができたという。
キリスト教社会では聖書や神学の本は全てラテン語で書かれ、聖職者しか読むことはできませんでした。ウィクリフやフス、そして宗教改革の時代になってやっと聖書が俗語に翻訳されるようになりました。でもイスラム社会では、それよりもかなり前からクルアーンを幼い子供が学び、暗唱できるようになっていたのですか?
私はアヴィセンナについて知りたくて色々なアラビア語の文献を集め、イスラム社会では庶民でもクルアーンを読み、日々の生活でその言葉を唱えていると知って驚いた。
イブン・スィーナーは父アブドゥッラーフによって教師を付けられ、野菜商人の下で算術を学び、ホラズム地方出身の哲学者ナティリの元で哲学、天文学、論理学などを学んだ。ナティリからユークリッド幾何学とプトレマイオスの天文学を学び、間も無くイブン・スィーナーの学識はナティリのそれを上回った。しかし、イブン・スィーナーが読んでいた書籍は受験参考書のような入門用の啓蒙書であり、原典の逐語訳とは大きく内容が異なっていた。
入門用の参考書が出回っていたという環境はとてもうらやましいです。僕がいた修道院の図書室にはたくさんの本がありましたが、そのほとんどはラテン語で書かれているので読むのに苦労します。貴族の子などで子供の頃から英才教育を受けていれば簡単に読めるのでしょうけど、僕はラテン語でつまずいて、内容を理解するまでに時間がかかりました。もし入門用の本がたくさん出回っていて、庶民の子でも気楽に読める環境だったら、もっと違っていたと思います。
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