28、四体液説(1)

文字数 1,285文字

今回からしばらくは医学の歴史を知る上で欠かせない四体液説について説明していこう。
作品集には下の画像から入ってください。
また何やら難しそうな話になってきた。アラゴン王はいつもこんな難しいことを話題にしているのか?
私は芸術や文芸の保護には力を入れて本もかなり読んできました。特にフランス人の妻ビオランテの影響で吟遊詩人が伝える物語が好きで支援してきました。でも医学や科学に関する書物はあんまり読んでいません。
四体液説(よんたいえきせつ)とは「血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁」の4種類を人間の基本体液とする体液病理説である。
図で言えば、血液が赤で粘液が青、黄胆汁が黄色で黒胆汁が灰色か。これくらいなら余でも理解できる。
体液病理説とは、人間の身体には数種類の体液があり、その調和によって身体と精神の健康が保たれ、バランスが崩れると病気になるとする考え方で、古代インド(アーユルヴェーダ)やギリシャで唱えられた。インドからギリシャに伝わったとも言われる。
四体液説は言葉ではよく聞くけど、具体的なことは知りませんでした。
四体液説は、西洋で広く行われたギリシャ・アラビア医学(ユナニ医学)の根幹をなしており、19世紀の病理解剖学の誕生まで支持された。どの体液が優位であるかは、人の気質・体質に大きく影響すると考えられ、四体液説と占星術が結び付けられ広い分野に影響を与えた。
こういう話はすごく興味があります。
古代ギリシャ人やインド人は、体の一部が病んでいるのではなく、全体が病んでいるのであり、病気は一つだけで、それが色々な形で表れているのだと考えた。このような考え方を全体観(ホーリズム)という。
余のように、大事な場面の時ほど酒を飲まずにはいられないというのも、体全体が病んでいる病気なのか?
現代の言葉ではアルコール依存症という状態だと思います。自分の意志では飲むのをやめることができずに失敗を繰り返す、危険な状態です。
そうだったのか。余はアルコール依存症という現代的な病気にかかっていたのか。
あんまり自慢できることではないと思います。
体液は体中に偏在しているため、体液病理説とはすなわち全体観の医学だった。病気は一つなので、病気はどこにあるか、病気はなんであるかという問いはあまり重視されず、診るべき対象は患者の体全体であると考えられた。
現代でも東洋医学は体全体を診ることに重点が置かれ、漢方薬もそのようにして処方されます。
古代ギリシャ医学をまとめた『ヒポクラテス全集』の論文を見ると、病気の経過について詳細な記録が残されているが、病名はほとんど記されていないことがわかる。体液病理説のヒポクラテスはコス派というグループに属しており、ライバルにあたるクニドス派は、病気の所在は身体の個体部分、つまり臓器にあるとする個体病理説(または局在病理説、臓器病理説)だった。
そういう違いがあったのですね。
クニドス派では、診断が重要視され、病気が細かく分類されたが、この時代には病気の分類を行う十分な知識、技術がなかったこともあり、より大きな成功を収めたのは全体観の体液病理説に基づくコス派だった。
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