67、ムゥタズィラ学派(2)

文字数 786文字

ムゥタズィラ学派についての続きです。作品集は下の画像から入って下さい。
ムゥタズィラ学派の行き過ぎた理論は批判を受け、カリフ・ムタワッキルの時代に入ると正統派知識人の勢力が盛り返した。合理主義の徹底によって伝統的な世界観を揺るがすムゥタズィラ学派に対して法学の分野ではイブン・ハンバルが創始したハンバル学派、神学の分野ではかつてムゥタズィラ学派に属していたアシュアリーが創始したアシュアリー学派が現れ、ムゥタズィラ学派の思想に反駁した。11世紀末に成立したホラズム・シャー朝の学者の中にムゥタズィラ学派の伝統は残っていたが、13世紀初頭のモンゴル帝国のホラズム征服の中で学統は失われた。
合理主義的な考えであっても極端になれば批判されるのですね。
学派の名称である「ムゥタズィラ」は他称であり、この学派に属する人間は「タウヒードとアドルの徒」を自称していた。「ムゥタズィラ」は「退いた人」を意味する言葉で、創始者のワースィルが師であるハサンが属するハワーリジュ派の一派から身を退いたことに由来すると言われている。
「退いた人」という名前だけ聞くと、世間との関りを断って人里離れた場所で修行する修道士のようなイメージですね。
ムゥタズィラ学派は大罪を犯した人間を信徒と認めないハワーリジュ派と、罪を犯しても信仰を保ちさえすれば信徒であるとするムルジア派の両極端の主張から身を退いた中間の立場をとっていた。
イスラム教もいろいろな宗派に分かれていて、考え方もそれぞれ違っていたのですね。
ほか、「ムゥタズィラ」を保守的な思想家から距離を置いた「離れ去った人々」の意味とする説、カリフ・アリーの即位に中立的な立場をとるためだとする説もある。この学派に属する人間は「ムゥタズィラ」の呼称を好み、進んで自称していたと言われている。
ムゥタズィラ学派は呼称の由来についてもいろいろな説があるのですね。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色