61、イブン・スィーナー(14)

文字数 911文字

イブン・スィーナーについての続きです。作品集は下の画像から入ってください。
医学者として、イブン・スィーナーはヒポクラテスやガレノスを参考に理論的な医学の体系化を目指し『医学典範』を執筆した。『医学典範』の執筆においては、10世紀末のジュルジャーンのキリスト教徒の医学者サフル・アル・マスィーヒーの『医事百科の書』を見本にしたと言われている。『医学典範』は、以下のように構成されている。
イブン・スィーナーはサフル・アル・マスィーヒーからは若い時に直接教えを受けていますよね。
1巻『概論』

 1部、医学の概念

 2部、病気の原因と兆候

 3部、健康の保持砲

 4部、病気の治療法

2巻『単純薬物』植物、鉱物、動物から成る、811の「単純な」薬物の性質

3巻『頭より足に至る肢体に生じる病気』個々の病とその治療法。身体の器官と部位によって分類されている。

4巻『肢体の一部に限定されない病気』外科と熱病、整形

5巻『合成薬物』様々な薬剤の調合法と用途

たくさんありますね。
2巻、5巻の記述の大半はディオスコリデスの著作を典拠とし、残りの巻の理論はヒポクラテス、ガレノス、アリストテレスの著作に基づいている。また、イブン・スィーナーは『医学典範』の内容を1,326行の詩の形にしてまとめた『医学詩集』を著した。『医学詩集』もラテン語に訳され、中世ヨーロッパの医学生に愛読された。
『医学詩集』は『医学の歌』という題で日本語にも翻訳されています。
『医学典範』は当時におけるギリシア・アラビア医学の集大成であり。ラテン語に翻訳され、ラテン世界では『カノン』の名前で知られている。ヨーロッパにおいて最初に『医学典範』に興味を持ったのはロジャー・ベーコンら13世紀の哲学者であり、やがてフランスやイタリアの医学校で教科書として使用されるようになった。ヨーロッパの聖堂の多くにはイブン・スィーナーの肖像画飾られ、ダンテの『神曲』においては、イブン・スィーナーはヒポクラテスとガレノスの間に置かれた。
『医学典範』は中世のヨーロッパ社会で医学校の教科書として使われ、イブン・スィーナーはイスラム教徒であったけれども聖堂に肖像画が飾られるほど尊敬されていたのですね。
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