57、イブン・スィーナー(10)
文字数 983文字
イブン・スィーナーは特に「存在」の問題について大きな関心を寄せ、独自の存在論を展開した。外界も自身の肉体も感知できない状態で自我の存在を把握できる「空中人間」の例えを用いて、存在は経験ではなく直観によって把握できると説明した。この空中人間説は形而上学ではなく、自然科学によって説明がされている。
存在を「このもの」と指示できる第一実態、「このようなもの」としか言えない普遍的な第二実態に分けたアリストテレスと異なり、イブン・スィーナーは非抽象的な捉え方をした。彼は存在を「不可能なもの」「可能なもの」「必然的なもの」に三分する独自の区別を打ち出し、この区分はスコラ学者やイスラーム哲学者の受け入れるところとなった。
イブン・スィーナーはこの3つの区分、本質を構成する要素と存在の関連性を哲学の基礎としていた。また、存在を本質の偶有であると考え、1つの本質が個々の事物としての存在を獲得するために、他者に原因を求めた。
イブン・スィーナーは最終的に全ての存在の原因を「第一原因」に帰着させ、神こそが「第一原因」であるとみなした。新プラトン主義の流出説を用いることで、神の超越性を確保し、さらに創造者である神と創造物を明確に区別する線を引き、汎神論と異なる立場をも確立した。
アリストテレスが認めていなかった流出論を主張するなど、彼の粗相はアリストテレス主義から数歩踏み出していたものであったため、しばしばよりアリストテレスに近い思想のイブン・ルシュドと比較される。しかし思想の根本ではアリストテレスの思想を継承していた。後進のトマス・アクィナスよりもアリストテレスの手法に忠実であり、そのためにアリストテレスの思想をイスラム文化に根付かせることができた。