2024.7.16~2024.7.31

文字数 2,329文字

 グラスに口をつけた瞬間、違和感を覚える。この匂い、まさか。
「先輩……」
「あーあ、飲んじゃったな。代行使えよ~」
 マジか、勘弁してくれ――。
 ドン!
 カウンターが叩かれた。顔を上げると、怒り心頭の店主が。
「帰れ!」
「え……」
「イタズラじゃ許されないことがあるんだよ!」
 (2024.7.16)


繁蔵(しげぞう)茂吉(もきち)、おかよ……」
 黒覆面の男は名を並び立てる。
「な、何のつもりだ」
「濡れ衣着せた連中なんざ覚えてねえか。それじゃあ奉行の村岡(むらおか)はどうだい」
「あ、あの御方は!」
「覚えがいいな。賄賂は効くねえ」
 抜き払われる刀。
「もう分かったろ。てめえがあの世へ行く理由がよ」
 (2024.7.17)


「たったこれっぽっちかよ!」
 文字通り二束三文。仁平(にへい)はじろりとねめ上げて、
「こんな虫食い、売り物にならん。買ってやるだけありがたいと思え」
「何を!店に並んでるやつとたいして変わらねえだろ!」
「不服なら引き取ってくれ。儂は構わんぜ」
 ちくしょう――背に腹は代えられない。
 (2024.7.18)


 地球に迫る巨大隕石!止められる質量ではなく、人類が滅びを覚悟したその時、
「む、向きを変えた?!」
「太陽系から遠ざかっていくぞ」
 ともかく危機は去り、人類はほっと胸を撫で下ろした。

 一方、銀河の彼方では。
「上手いもんだな」
「強めに逆回転をかけたからな。次は当てるぞ」
 (2024.7.19)


 火を移すと、浴衣はすぐに燃え始めた。やはりこうしてほしかったのだと思った。母が亡くなって、形見として長い間大切に着ていた。しかしある日、夢枕に母が立った。言葉は発しなかったが、伝えたいことは分かった。茜空にたなびく煙に手を振る。さようなら、過去は、今日に置いていく。
 (2024.7.20)


「大統領、かの国は我々の攻撃に対しミサイルで迎撃しています」
「いいぞ、武力の存在が証明されたわけだ」
「これで国交を有利に……失礼」
 電話に応え、大臣は静かに受話器を置いた。
「大統領、もう一つ証明されたことが」
「何だ」
「かの国の武力は、我々を遥かに凌駕しています」
 (2024.7.21)


「マトリョーシカ」
 検死官の言葉に首を傾げながら、遺体と対面する。正座の姿勢を取らされ、表情は意外にも穏やかだったが、傷痕が臍から胸までを貫いている。厭な予感を抱きながら、手を差し入れる。傷痕はカーテンのように左右に開いた。

 “それ”はぴったりと、体内に納められていた。
 (2024.7.22)


「兄貴、しくじってすみませんでした。どうかこれでご勘弁を」
 白い布を開くと、小指の先が出てきた。
「一本か」
「えっ」
「一本で済ます気か」
「いや、あの……」
「なあ、人間には小指が何本あるんだっけ」
「…………」
 狼狽する顔の前にドスをかざす。
「あと二本あるよな。ほら」
 (2024.7.23)


 お前といるとしんどい――声を最後まで聞いていたらそうだったのだろうが、気の短いわたしは序盤で早々に打ち切った。渾身の平手打ちが頬に食い込んで、内側に並ぶ歯の感触までくっきりと確かめられた。不快な思い出だけを走馬灯にして背を向ける。ひとつ後悔……グーでいけば良かったな。
 (2024.7.24)


 影を拾って歩くうちに、影に魅入られた。光のあるなしに関わらず、影は足元から離れなくなった。害はないのだが次第に煩わしくなって、ハサミで切り落としてしまった。影は驚いた姿のまま地面に焼き付いた。それから毎日その場所を通るが、影は地面に残ったままだ。誰も拾う者はいない。
 (2024.7.25)


「先輩、やってしまいました……」
「どうした?」
「注文するときにひと桁間違えてしまって……」
「えっ!勘弁してくれよ、返品なんかできないぞ!」
「例えばですね、SNSで発信したら買ってくれませんかね?よくコンビニの商品であるじゃないですか」
「棺桶をか?」
「ですよね……」
 (2024.7.26)


 廃れた駅舎に立ち続ける、老齢の元駅員。二度と停まらない鉄道のために励む姿は感動を呼び、会社は駅舎の解体を諦めざるを得なくなった。世間の盛り上がりを尻目に、元駅員は錆びた線路の彼方を見つめる。その足元には、在職中に犯した殺人の証拠が眠っている。せめて、己が死ぬまでは。
 (2024.7.27)


「一服盛ったな」
 王の口調は穏やかだった。それがかえって恐ろしく、声が出てこない。
「良い、お前が不満を抱いていることは知っていた。部下を御せなかった余の不覚である」
「王……」
「ふむ、しかし不思議と苦しみはない。何を盛ったのだ?」
 私は便所を指差す。王は激しく吐いた。
 (2024.7.28)


 水槽の内側を掃除する。ブラシを擦り付け、こびりついた苔をていねいに取り除いていく。かなりの力仕事だが、かわいいクジラのためには労力を惜しまない。小一時間かけて、満足のいく仕上がりになった。たっぷりと海水を満たし、
「お待たせ」
 傍らの桶から、クジラたちをすくい上げる。
 (2024.7.29)


 勝敗が決した瞬間、勝った選手は諸手を挙げて喜び、負けた選手は意識を失って倒れた。
「かわいそうに。あの国は敗者を生きては帰さないよ」
「ひどいもんだ」
「まあ、勝ったほうも真っ当とは言いがたいが。帰れば貴族の椅子が待っているからね」
 泣けてくる。だが人のことは言えない。
 (2024.7.30)


「うわっ!」
 物陰から人が現れたので、大きな声を出してしまった。
「あ、あなたは……?」
「私はここで住み込みの番をしています。ご存じない?」
「今日が初出勤なので……」
「そうですか。今後ともよろしく」
 部屋を辞して、表示板を確認する。
『冷凍庫』
 そういう人もいるのか。
 (2024.7.31)
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